道化師の憂鬱(五)

「それはそうと犬予定、おまえの肩から背中にへばりついている物体は何だ」


 ミズキは冷静に突っ込んだ。それは俺も気になっていた事柄だった。シキの肩にはトラ猫にしか見えない何かが乗っていた。こいつは戦闘中は離れていたが、緊迫した空気が解けた瞬間にシキの肩に飛び乗った。


「猫だ。昨日出会って懐かれた」


 やっぱり猫と戯れていたか。ちょっとだけ羨ましい。ミズキが皮肉った。


「ふん、地獄で猫と遊戯とはいい気なものだな」

「そっちこそ、狼に見えるこの獣は何だよ。さっきから俺の尻の匂いを嗅ごうとしやがる」

「犬の習性だ。先輩としておまえに興味深々なんだろう」

「何で犬が先輩になるんだ」

「おまえが犬予定だからだ。ちなみに猫に名前は付けたのか?」

「いや、まだだが……。死ぬ気だったから飼うつもりはねーし」


 ミズキは隠れ動物好きだ。こっそりヨモギをモフモフしているところを何度か見かけた。たぶん本心では猫ともじゃれ合いたいと思っている。拠点に連れて帰る気満々だ。


「俺はトラジが良いと思う。濁音が入ると強そうな響きになる。俺みたいに」

「勝手に名付けんな」

「ではヨモギに合わせて菓子名で揃えるか」

「ヨモギって何だよ?」

「おまえの尻を嗅いでいる灰色狼だ」

「は!? 何で灰色の狼に草色の名前を付けたんだよ!?」

「ヨモギ団子がエナミの好物だからだ」

「いやだから、前提がおかしいんだって……」


 ミズキとシキの不毛な会話を聞いていた俺とトモハルの傍に、マサオミ様とイサハヤ殿が近付いて来た。シキの今後が決まったのだろうか? ちなみにミユウは川の水面に自分の顔を映してうっとりしている。こいつは放っておこう。


「エナミ、シキはおまえさんの預かりとなった。しっかり面倒見るんだぜ?」

「飼うことに反対する者も出るだろう、ちゃんと皆と話して了承を得るように。暴れるかもしれないから、小さい子の傍には極力連れて行かないように」


 イサハヤ殿のそれは完全に犬を飼う際の注意事項だった。犬という呼称は比喩ひゆ表現だったんだけれどな。

 俺には優しい口調のイサハヤ殿だったが、シキには厳しく言い放った。


「現世へ戻ったら佐久間サクマ司令に話して、表向きは処刑したことにしておまえを解放してやる。その後に桜里オウリへ渡れ。間違っても京坂キョウサカの元に戻ろうなどと考えるなよ? 生きたまま皮を剝がされたくなかったらな」


 シキは肩をすくめた。乗っている猫も一緒に上下した。


「大丈夫ですよ、ハナから帰る気は有りません。京坂キョウサカさんは、一度敵の手に渡って無事に帰って来た者など信じないでしょうから。疑心暗鬼の塊みたいなお人でしてね。現世に戻れたら何とかして、ソウシと州央スオウから脱出するつもりでした」


 シキは京坂キョウサカを「様」の敬称で呼ぶことをやめた。俺達側に付くと心を決めたか。


「野心で他者を蹴落としてきた者は、決して周囲に心を許さないか……。自分がそうしてきたから、暗殺される恐怖に常に怯えることになるのだ」

「あ、そうだエナミ。シキを飼う費用は俺が出してるやるよ」

「え、ですがマサオミ様……」

「出世払いってことにしておいてやる。その代わりに現世に戻ったら、おまえさんとミズキとセイヤは俺の親衛隊に配置替えするからな」


 ミズキが瞳を輝かせた。


「マサオミ様の親衛隊に私を……?」

「ああ。ミズキは現時点の段階で実力、判断力ともに問題無しだ。胸を張って親衛隊へ来い。エナミとセイヤはもうちっと鍛えなきゃならんが。接近戦にもある程度は対応できるようにならないとな」

「ちょっと待てマサオミ」


 イサハヤ殿が異議を述べた。


「エナミは現世に戻ったらすぐに故郷の州央スオウへ戻って、私と養子縁組をすることになっている」

「ぶっ!?」


 みんな驚いていたが、一番驚いたのは俺だった。険しい表情をしたミズキが問い質した。


「何ですかその話! 俺……私は聞いておりません!!」

「ああ、おまえには話していない」


 しれっとイサハヤ殿は答えた。俺も聞いていないんですが。ミズキとイサハヤ殿が睨み合う中へ、もの凄く怖かったが勇気を出して入った。


「あの……イサハヤ殿、以前州央スオウへ来ないかとお誘い頂いたことは有りますけど、それは京坂キョウサカを倒して世界が安定してからのお話しでは? それに養子とはいったい……」

「気にするなエナミ。善は急げだ」


 いろいろすっ飛ばして来たよこの人。


「私は断じて認めません!」

「ミズキ、おまえの許可は不要だ。これは私とエナミの個人的な問題だ」


 だったら俺にも相談して下さい。養子縁組ってけっこう大きな問題ですよ? 勝手に予定を立てないで下さい。


「シキはどうするんです? 先ほど桜里オウリへ渡れとおっしゃいましたよね? 州央スオウに居たら次から次へと刺客が送られて来ますよ!?」

「地獄に居る間はエナミが、現世に戻ったらマサオミが飼えばいい」

「駄目だおジイちゃん、またボケちゃったよ……」

「マサオミ貴様、人を老人扱いするな!」

「あーもう面倒臭い。昨日トモハルと一緒に散々お願いというか説教しただろーが。エナミが関わるとあんた思考がぶっ飛ぶから少し距離置けって。夕べ話したことが全部無駄かよ。俺達に人生の無駄遣いをさせてんじゃねーよ!」

「くっ……」

「あんたの熱が冷めるまでエナミは俺の保護下に置くからな。これは決定事項だ!」


 俺の進路が知らない間に決定していた。兵士をやるのはカザシロで徴兵された一回だけのつもりだったのに、上月コウヅキ司令の親衛隊とはもの凄い大出世だ。そんな大任に就いてやっていけるのかな、俺とセイヤは。ミズキは大丈夫そうだが。

 そのミズキがマサオミ様の前へ進み出て頭を下げた。


「マサオミ様、私達を取り立てて頂き光栄至極こうえいしごくに存じます。しかしエナミにはあまり負荷の掛かる役職に就いてほしくないのです。私が仕事をし、彼には家庭を守ってもらいたいと考えております」

「へっ? 家庭?」

「はい。王都へ戻りましたら寮を出て、すぐにエナミと共に暮らせる家を借ります」


 大丈夫じゃなかったぁぁぁ!!!! こいつはこいつで俺と結婚する予定を勝手に立ててたぁぁぁ!!


「しっかりしろミズキ! おまえにまで暴走されると収拾がつかん!」

「認めん! 私は断じて認めんぞ!」

「イサハヤ殿、貴方の許可は必要有りません。これは私とエナミ、二人の問題ですので」

「貴様っ……、先程の仕返しか!?」

「連隊長! 抜刀はいけません!!」


 トモハルが嘆きマサオミ様が頭を抱えて、イサハヤ殿とミズキは口論を再開させた。カオスだ。

 

「俺、この隊に入って大丈夫なんかな……? 決断誤ったか……?」


 シキが憂鬱そうに呟いた。俺も憂鬱だった。

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