道化師の憂鬱(四)
イサハヤ殿が代わりに発言した。
「エナミ、キミの気持ちは解らなくもない。追っていた宿敵が腑抜けた状態になることは腹立たしいものだ。しかしこいつは危険なんだ。殺さなければならない」
「はい。シキは森に火を放って
「ではエナミ、キミは何を望む?」
シキと同じ質問をイサハヤ殿に繰り返された。俺はシキを見据えた。
「死にたいと願うおまえは死なせない。生きて、そして民の為に働け!」
「は……?」
シキだけではなく、全員が虚を突かれたように俺を見た。
「何言ってんだ? 俺は
「
「は、はぁ……?」
シキは初めて戸惑った素振りを見せた。何度もまばたきをしている。
簡単にこいつを死なせてやるもんか。むしろ死ぬことでソウシと同じ下層へ行けるとシキは喜ぶかもしれない。
生かす。生きてもらう。愛するソウシの居ない世界で。それがシキにとっての罰なのだ。
「ソウシの遺言だろうが、生き延びることが」
「……………………」
「そして
「……ハッ!」
シキは俺をまじまじと見て観察した。俺の真意をまだ測りかねているのだろう。
「
「そうだ」
「乗り換えるという表現は
どうでもいい箇所にミズキが喰い付いた。俺はスルーした。
「シキ、俺の犬になれ」
「くっ、くく……、ハハハハハ!!」
大声でシキは笑った。皮肉ではなく本当に愉快そうに。
「ハハ、ハハハ! やべぇ、人生で腹から笑ったの初めてかもしれねぇ。アハハハハ、おまえ面白い奴だなエナミ!」
「あーあ、無自覚の人たらし再発だよ。どんだけたらし込む気だか」
俺の背中にミユウが悪態を吐いたが気にしない。
「おいエナミ、犬を飼うって金が掛かるの知ってんのか? 報酬を出せとまでは言える立場じゃねーが、俺は
シキに指摘されて俺は現実問題にぶち当たった。俺一人の生活なら狩りの収入で何とかなっていたが、果たしてシキの分の生活費まで捻出できるのだろうか?
イサハヤ殿が割って入って来た。
「何を勝手に交渉を始めているんだ、私は認めないぞ!」
「まぁ待てよ
「マサオミ、貴様まで何を言う!」
「シキは
「それはそうだが……。私は森に火を放たれて、後方の味方に裏切られたと絶望して死んでいった部下達を忘れられないんだ」
「俺の部下だって逃げ遅れた奴は居る。だからこそ、簡単にこいつを楽にはしたくねぇ。それにエナミの姉さんを捜すのにも役立つだろ? 彼女の今の顔を教えられるのはシキしか居ないんだ」
「ああキサラ……、彼女の問題も有るんだった! くそっ、だがしかし……」
大将の会話を聞いたシキは
「は? おいおいあの人ら、俺の移籍話を本気で議論しちゃってるぞ? おまえは冗談で言ったんだよな? エナミ」
「本気だ」
「ええ……?」
呆れたシキの頭上から声がした。
「おい、私はもう腕を下ろしてもいいと思うか?」
上段の構えでシキを見張っていたトモハルだった。完全にその存在を忘れていた。腕を上げっ放しは疲れるよな? ごめん。
大将達の協議が長引きそうなので、その間にシキの腕の止血をしてやることにした。既にかなりの量の血が流れており、このままでは一度も働かせることなくシキを死なせてしまう。
中段の構えに変更してシキを見張ってくれているトモハルに軽く頭を下げてから、俺はハチマキを外してシキの腕に巻き付けた。止血最中にシキにからかわれた。
「んで、新しいご主人様候補、俺のメシ代は何とかなりそうですか?」
「……食べさせてやるくらいなら何とかする。頑張って稼ぐよ。贅沢はさせられないけど」
馬鹿正直に答えた俺にシキは噴き出した。
「アハハハハ! おまえ、それ男が求婚する時の文句!」
その瞬間、凄まじい殺気がシキを貫いた。傍に居る俺も多少浴びて背中がブルった。殺気を放った人物は見なくても判った。ミズキだ。
「どけエナミ、俺がやってやる」
ミズキは俺を押し退けて、巻き付け途中のハチマキを力いっぱい締めた。
「いってぇぇぇぇぇ!!!!」
与えられた激痛にシキは悶絶した。
「ふっ、ひ弱な奴だ。これくらいやらないと血は止まらない」
「阿保か! 血の供給が完全に止まって腕自体が腐ってもげ落ちるわ!!」
シキの大声に何故かマサオミ様がビクッとした。ああ、「腐ってもげ落ちる」に反応したのか。俺の呪いはまだ有効なようだな。呪った場所は違うけれども。
ミズキは一度苦痛を与えて気が済んだのか、今度は適度な力でハチマキを縛った。
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