道化師の憂鬱(三)
シキは他人事のように言った。
「だってさ、独りで連隊長と流星相手に勝てると思う? それに現世に戻ったところで、
「そんな奴に何で仕えてんだよ……」
呆れて口を挟んだマサオミ様をシキはせせら笑った。
「おたくらみたいな名家のお坊ちゃんには解らないでしょうね。残飯を恵んでもらう為に土下座したり、僅かな金の為に変態相手に身体を売る経験なんて無いでしょ?」
「……………………」
「
シキはシキで壮絶な人生を送ってきたようだ。
死を望んでもおかしくはない。でもこいつは詰んでいる状況を何度もひっくり返そうとしてきた男だ。
俺はもう一度尋ねた。
「だから、生きることを諦めたのか?」
「そう」
「現世でも地獄でも、あんたが厳しい条件の下で生きてきたことは解ったよ。それでも今まではどんな卑怯な手段を使おうと、あんたは生き残る為に足掻いていた」
「うーん……」
シキは考える素振りを見せたものの、すぐに頭を振った。
「疲れたんだよ。もうさ」
そして刀を持つトモハルを見上げた。
「ほら、さっさとやっちゃってよ。おたくもその姿勢疲れるだろ?」
「逃げんのかよ」
「あ?」
シキは俺に向き直った。
「何だよイオリの息子。何ならおまえがやってくれてもいいだよ? 家族の仇を討ちたいだろう?」
「逃げんのかって聞いているんだ」
「意味が解んないねぇ。おまえさ、何が言いたいワケ?」
「あんたが自暴自棄になっている原因から逃げるなって言ってんだよ」
「だからそれは疲れたからだって……」
俺は奴の言葉尻に被せて指摘した。
「違う。ソウシが死んだからだろう?」
「!?」
ソウシの名前を出した途端に、シキの瞳に生気が宿った。
「
道化師のようにヘラヘラ笑っていても、瞳の中には常に強い意思を宿している男、それがシキだ。
俺の家族をバラバラにした隠密隊の現リーダー。マヒトが死んだのもこいつらのせいだ。だというのに死んだ魚のような目をして、生きることを諦めてしまっている。
今更遅いんだよ。父さんも母さんもマヒトも戻って来ないんだ。悪役なら最後まで務めを果たせよ。せめて討つことで達成感くらいくれよ。
「ソウシはおまえが逃げ延びられたことを、涙を流して喜んでいたぞ?」
「……だから?」
「今のおまえの命はソウシが繋いでくれたものだ。それを簡単に捨てるのか?」
「部下が上司を守るのはあたりまえのことだからな……」
シキは口調こそ投げやりだが、俺を睨む目には強さが有った。
「ただの部下じゃないんだろう? ソウシはおまえを兄さんと呼んでいた」
「……………………」
「彼を貧民街で拾って育ててやったそうじゃないか」
「……あいつ、そんなことまで話したのか」
シキは下を向いた。
「あいつ、ソウシは……苦しんだのか?」
そこを気にするか。やはりシキにとってもソウシは特別な存在だったんだな。
「俺は苦しめてから殺したかった。でも……ソウシは拷問を含めた死を受け入れていた。彼にとってはおまえさえ無事ならそれで良かったんだろう」
「……………………」
「そんな彼を見て、仲間は楽にしてやれって俺に言ったよ」
俺はミズキの方をチラリと見やり、一瞬だけ彼と目が合った。
「結局とどめは仲間が刺してくれた。最初の足首の矢傷以外では、ソウシは苦しまなかったと思う」
「そうか……すまねぇな」
シキは大きく息を吐き出してから、もう一度俺を見た。
「
もう自分をボクとは言っていなかった。人を小馬鹿にした口調も消えていた。これがシキ本来の話し方なのだろう。道化師の仮面を外したシキに俺の言葉は通じるのか。
「俺が討つまで、生きていてほしかった」
「……だから、首を刎ねる役はおまえがやってもいいって」
「今のおまえは生きていない」
「?」
「ソウシが居なくなったことで、おまえの心は死んでしまった。今討っても家族の仇を取れて嬉しいとはとても思えない。後味が悪いだけだ。ソウシの時もそうだった」
「難しいこと言うな」
シキは困ったように笑った。
「俺とソウシは一種の共依存だよ。死んだ方がマシだって何度も思える人生だったが、お互いの為に踏み止まっていたようなモンだ。その相手が居なくなったんだ。活力失っても仕方が無いだろ?」
マサオミ様が口を挟んだ。
「だったらどうしてソウシを置いて逃げた? 共にあの場で死ぬまで戦えば良かったじゃねぇか」
「俺が逃げ延びること、それがあいつの最後の望みだったからな。叶えてやりたかったんですよ」
「最後の望み……」
思うところが有ったのか、マサオミ様は苦い表情になった。声には出さなかったが、マサオミ様の唇が「マホ」と動いた気がした。
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