道化師の憂鬱(一)

「案内人、シキの居場所を教えてくれたまえ」


 若干不機嫌そうだが、イサハヤ殿はみんなのリーダーに戻った。


『彼なら昨日と同じ、滝のエリアに居るよ』

「移動していないのか。罠を張っている様子は見えるか?」

『いや、ただゴロゴロ寝そべってるだけだ』

「何だぁ? 仲間が全員逝っちまって、悲しくてヤル気が無くなっちまったのか?」

京坂キョウサカからの命令とはいえ、シキは同胞を焼き殺した男だぞ? それに人質を取ってまで勝とうとした。戦いにおける禁じ手を使う男がその程度で諦めるか?」

「まぁな。ノエミのことを簡単に見捨てて逃げたし、元々仲間には思い入れが無さそうだったな」


 そうだろうか? 俺はイサハヤ殿とマサオミ様の会話を聞いて疑問に思った。シキはノエミや中年戦士達には冷たかったかもしれない、でも……。咳が止まった俺は手を上げて発言した。


「シキは弟分だったソウシが死んだことについては、ショックだったと思います。ソウシが煙玉を投げた時、俺は近くに居たので二人の会話が聞こえたんです。シキはソウシを残して逃げることを嫌がっていました」

「ああ、わたくしもその会話は聞きましたわ。確かにそんな感じでしたわねぇ」


 ランを肩車したミユウも俺の意見に同調した。


「……シキにも、人間らしい心が残っていたってことかい?」

「だが危険なあいつを放置はできない」

『それとね、前に教えたムサい盗賊みたいなオッサン達、彼らが滝のエリアの方向へ歩いているんだ。このままだとシキと出会うよ』


 仲間にはできないと判断した男達。黒い魂同士は引き合うのだろうか。


「あいつらか。気が合ってシキと手を組まれたら厄介だな」

「決まりだ。これから滝のエリアへ向かいシキを討伐する。今回の留守居るすい役はアオイ、モリヤ、セイヤだ。他の者は早急に支度をしろ」

「自分はもう完治しました! 隊に加えて下さい!」


 モリヤがイサハヤ殿に志願した。


「傷は塞がってもまだ普段通りには動けないだろう。午前中は軽い訓練をして身体を馴らしておけ。おまえの出番はそれからだ」

「……はい」


 彼はまだ自分が負傷したことで、昨日の予定を変えてしまったことを気にしているのだ。


「モリヤさん、今回は俺達に任せて下さい」


 俺はモリヤの前に歩み寄って声を掛けた。モリヤは完全に沈んでいた。


「ランと、それにセイヤを頼みます。こいつ、放っておくと無茶な鍛え方をしちゃうので」

「……分かったよエナミ。ここは任せてくれ。キミも無事に帰って来いよ」


 モリヤは俺にぎこちない笑顔を向けた。無理して笑わなくてもいいのに。

 大丈夫だよ、誰もあんたを頼りないなんて思っていない。ただまだ心配なだけだ。この隊のみんなは過保護だからさ。

 俺は留守番役の彼らに手を振ってから気持を切り替えた。シキ……、今度こそ決着を付けないと。



☆☆☆



 案内鳥に教えてもらった滝のエリア。俺はまだ行ったことがなかったが、マサオミ様がかつて踏破とうはした中にそこも含まれていたそうだ。彼はマホ様を捜して地獄をあちこち彷徨さまよっていたから。

 先頭に立ったマサオミ様の後ろに付いて、俺達は滝へ向かって歩いた。


「滝ねぇ……。あそこは地獄とは思えない場所だったぜ? シキが気に入って居座るのも頷ける。逆に砂漠地帯はいろんな意味で地獄としか思えなかったがな」

「滝の地域は過ごしやすい気候なのか? 身を隠す場所が多いとか?」

「景色が綺麗なんだよ。一瞬極楽へ来れたんじゃないかと錯覚するくらいに。残念ながら隠れられる場所はほとんど無い。待ち伏せされる心配は少ないが、俺達もすぐに見つかると覚悟しておきな」


 では野盗風の男達が滝に近付いたとしたら、シキと必ず出会うことになるな。彼らは協力関係となったのだろうか、それとも……。その答えはすぐに判った。

 地面に生える草の種類が替わったなと感じた頃、前方から腹の突き出た五十代くらいの男がこちらへ駆けて来た。とは言っても遅い。長い距離を走ったのか息が切れて足がもつれていた。ただ男は抜き身の刀を手に握っていたので、俺達は武器を構えて待機した。

 追われているのか後ろを気にしながら走っていた男は、前面に顔を戻して漸く俺達に気づいた。驚いて悲鳴を上げると同時に足を止めた。


「うおわっ、うわぁぁぁぁ!?」


 男はだらしなく衣服を纏い、何日も風呂に入っていない風体で薄汚かった。

 地獄へ来てからは俺達も水浴びすらしていないが、隊のみんなには不思議と清潔感が有るのは何故だろう? 病気で皮膚がただれたはずのトオコも美しかったな。地獄で形成される身体には、その者の資質が現れるのかもしれない。


「ひっひいぃ!!」


 男は臨戦態勢を取っている俺達に怯えた。無理はない。独りの時に武器を構えた知らない団体に囲まれたら俺だって怖い。


「ひっ、青! 青ぉ!!」


 男はイサハヤ殿とトモハルに対して過剰に反応した。青とは州央スオウ兵の軍服のことだな。そして興奮した男は無謀にもイサハヤ殿へ斬り掛かろうとした。この中で一番強い彼に。

 イサハヤ殿は簡単に男の刀を弾き飛ばした。


「おい、聞きたいことが有る」

「ひっ、ひぃ」


 男はイサハヤ殿の言葉を聞かず、ヨタヨタとした足取りで飛ばされた刀を拾いに行った。


「こいつ完全に我を失っていやがる。話は聞けそうにないぜ、真木マキさん」

「……やむを得んな」


 刀を拾い再び向かって来た男を、イサハヤ殿は隙を与えず先に斬り伏せた。


「ぐぼっ……」


 上半身を斜めに深く斬られた男は、顔に恐怖の表情を貼り付けたまま絶命した。現世でも地獄でも何度も見て来た光景だった。

 俺以上に戦場に慣れている大将二人は、死体の前で何事も無かったかのように普通に会話をしていた。


「あんたとトモハルを見てビビッてたな。現世で州央スオウ兵にやられたんかね?」

「そんな感じだな」


 死亡した男の身体が霧散して消えると、イサハヤ殿の刀に付着していた男の血糊も消えた。それを確認してからイサハヤ殿は刀を鞘にしまった。


「奴が案内人の言っていた盗賊三人組なら、あと二人居るはずだな」


 少し待ってみたが、男の他に走って来る者は居なかった。


「ま、とりあえず先へ進もうぜ。シキが居るっていう方向と同じだ」


 俺達は警戒しつつ前進した。やがて川が現れた。湿地帯に在ったものより大きい。

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