地獄九日目
仕切り直し
夜が明けた。瞼を開けて真っ先に見えたのはミズキの微笑む顔だった。
……こら。あんたはいつから俺の寝顔を見ていたんだ?
恥ずかしくてやめろよと抗議したかったが、そういえば俺もミズキの寝顔を見ては毎回、綺麗だなとか
「……おはよう」
「おはよう」
俺達は互いにハニカミながら挨拶を交わした。一夜を共にした恋人同士のようだが、違うから。まだ清い仲だから。
「昨晩は案内人と何を話したんだ?」
「…………。ただの世間話だよ」
微妙な間が開いてしまったが俺は誤魔化した。案内人から聞いた身の上話は、十二歳の少年がするには重過ぎる内容だった。彼はわざわざ俺を指名して話して来たのだから、まだ他の連中には黙っておこうと思う。
「そうか」
ミズキは深く追及して来なかった。
「マサオミ様とイサハヤ殿の所へ行こう。本日の予定を確認しなければ」
「ああ」
それが朝の日課だ。俺達は連れ立って丘の中央区へ向かった。
「あ、二人ともおはよう!」
そこに居たのはアオイとモリヤだった。え、この二人だけでここで寝たのか? まさか二人はそういう関係に? …………いや、そんな雰囲気は感じられないな。アオイを好きなモリヤには悪いが姉弟にしか見えない。
くちづけの一件以来、どうも俺の思考はそっち方面に過敏になっている。これも全てミズキとマサオミ様のせいだ。
「おはようございます。モリヤさんの具合はいかがですか?」
「すっかり大丈夫だよ。迷惑を掛けたね」
モリヤは獅子に嚙まれた左肩をグルグル回して見せた。
「こら! 調子に乗らないの!」
すかさずアオイが注意した。やはり姉弟だ。
「おはようさん」
東の方向からマサオミ様と、トモハルを伴ったイサハヤ殿が姿を現した。モリヤが二人の大将に頭を下げた。
「おはようございます。お二人の場所を占拠してしまってすみません!」
「んなことは気にすんなよ。俺達は部下を集合させ易いから真ん中に居るだけだぜ?」
「そうだ。身体は回復したようだな、何よりだ」
両大将がモリヤに優しい言葉を掛けているところへ、ドタドタと不作法者のセイヤが駆けて来た。
「おはようございます!!」
そしてその後をランを小脇に抱えたミユウ、案内鳥が追い掛けて来た。ヨモギが居ないということで、今の見張り番は彼がしているんだと推測できた。
「ちょっとセイヤ、わたくしに子守を押し付けるなんてどういう了見ですの!?」
詰め寄るミユウにセイヤは面倒臭そうに対応した。
「少しの間くらい見ててくれてもいいじゃん。俺はこれから大切な連絡事項を確認しなくちゃならないんだから。聞いたぞ、あんたの本性は戦士なんだろ?」
「今は魅惑的な秘書ですわ! だいたい子守はわたくしの専門外ですのに!」
「ミユーおにいちゃん、ランのことめいわく……?」
抱えられたランが不安そうにミユウに聞いた。
「いやっ、あなたがどうこうと言っているんじゃないですわ。断じて違いますわ」
「でもすごくいやそう……」
「そんなこと有る訳無いじゃありませんの! わたくしは筋肉馬鹿に利用されたことが腹立たしいだけですわ」
「誰が筋肉馬鹿だよ」
「ほんと……?」
「本当ですわ! ほら高い高ーい。からの低い低ーい」
いつも豪胆なミユウでもランのつぶらな瞳の前にはタジタジになるのか。強引な変人で性犯罪者だが、小さな子供を思い遣る心は持っているようで安心した。
やけくそ気味にランと遊ぶミユウを観察する俺の横に、スススッとイサハヤ殿が並んだかと思うと、彼は声を潜めて話し掛けて来た。
「エナミ、昨晩は無事に過ごせたか? ミズキに卑猥なことを無理強いされていないか?」
「はふっ!? ケホッ、ケホケホッ!」」
唾が気管に入ってしまい俺は激しくむせた。イサハヤ殿は俺の背中を擦りながら尚も囁いた。
「キミの元へ行き守ってあげたかったのだが、マサオミとトモハルに止められてしまってな。不安な想いで一夜を過ごしたのだろう? 可哀想に」
「ケホケホッ!?」
「今夜からでも遅くはない。眠る時には私の元へ来なさい。ああ、上司であるマサオミが居ると気疲れしてしまうよな? 彼は事前に追い払っておこう」
「ケホッ!?」
「イサハヤ殿」
ミズキがイサハヤ殿から俺を引き剝がした。
「エナミの介抱は私が致します。どうぞ、本日の軍議をお始め下さい」
イサハヤ殿がミズキを睨んだ気がした。ミズキはその視線を余裕の笑みで跳ね返したように思えた。マサオミ様、トモハル、セイヤが「あちゃ~」という顔をしてこちらを見ているような。
「えーと……
マサオミ様が疲れた顔をしてイサハヤ殿に確認した。トモハルも疲れた顔をしている。昨夜は二人掛かりで暴走気味なイサハヤ殿を止めてくれたんだな。ありがとう。
ミズキと二人きりも緊張したが、そこにイサハヤ殿が加わったら収拾がつかなくなっていただろう。
……マズイよな。この状況も早急に何とかしないと。解決すべき問題が増えてしまった俺は天を仰いだ。
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