八度目の夜

 目を閉じても全く眠れる予感がしなかった。原因のミズキは穏やかな寝息を立てている。いい気なものだ。

 暗闇を何かが動いた。敵意は感じられなかったが俺は念の為に弓を構えた。


『やめて、僕だよ』


 案内鳥だ。


「何か有ったのか?」

『いや、ちょっと僕個人の話を聞いてほしくて』

「おまえの……?」


 個人的な話とは珍しいな。


『どうせ眠れないんでしょ? 僕に見たくもないキスシーンを見せたんだから、それくらいは付き合ってくれてもいいんじゃないの?』


 へ? キス……。


「うわあぁっ! おまえ、アレを見てたのか!?」

『見えちゃうんだよ、意識して情報を弾かない限りはね。地獄で青春を謳歌おうかできるとは大したタマだよ、キミ達は』

「ち、違……」

「エナミ?」


 ミズキが目を覚ましてしまった。彼が絡んで来るとけっこうややこしいことになる。トモハルとの口喧嘩とか、案内鳥の創作童話とか。


「どうかしたのか?」

「あ、うん。案内人が俺と話したいそうなんで、ちょっと向こうに行って話して来るよ……」

「……ここで話すのは駄目なのか?」

 

 ミズキは俺の服の裾を軽くつまんだ。傍に居てほしいのだろう。どう見ても恋人同士です、ありがとうございます。

 暗いので保護色の鳥の表情までは窺い知れないが、きっと呆れている。俺が奴の立場でも呆れる。ミズキの前でこいつにからかわれたくない。


「話が終わったらすぐに戻るよ」

「本当か? 必ず?」


 今生の別れではなく、ちょっとそこで鳥さんとお話しするだけなんだが。


「ああ、必ず戻る」


 俺に言われたミズキは安心したのか、服から手を離して再び眠りについた。女と交際するとこういうやり取りが日常になるのだろうか? 既に面倒臭いぞ? 二股掛けとかしている奴はすげーな。

 俺は弓と、担がなかったが弓筒を持った。過去に夜間の敵襲は無かったが今日も安全とは限らない。

 黒い鳥が先導するのを目を凝らしながら追った。


『ここいら辺でいいか。近くに寝ている人は居ないから話し声は届かないだろう』


 鳥は一つの石灰岩の上に止まった。俺はその前の地面に座った。鳥とは向かい合う形だ。


「で、どうしたんだ?」

『うん。今日さ、王様に言われたことを考えてみたんだ』

「王様……ん? ああ、地獄の統治者のことか」


 今日だけでいろいろなことが起きた。

 朝一番でシキの隊と戦い、俺は過去に縛られていた自分を取り戻した。直後に地獄の統治者が出現して、彼という存在を実際に目にすることになった。

 統治者との邂逅かいこうはかなりの大事件だったはずだが、モリヤの負傷とミズキのくちづけ等、立て続けに心を乱される出来事が起きたので、統治者のことは頭の片隅に追いやられていた。というより今の今まで忘れていた。


「統治者は、おまえに何を言ったんだ?」

『客観的に物事を見られるようになれって。僕が死んだのも、視野が狭いことが原因だって』

「そういえば、おまえはいくつなんだ?」

『……十二歳』


 俺が父さんを失った年齢か。


「死んだ理由も……聞いていいか?」

『自殺だよ』


 さらりと言ってのけた鳥に驚いた。てっきり事故死か病死だと思っていたのに。まだ十二歳の子供が世をはかなんで自殺したんだぞ? 俺の感覚では大変な悲劇だ。


「死にたいほどのつらい目に遭ったのか? ランのように親の虐待を受けたとか……?」

『いいや。僕の家族は優しい人達だった。だから、僕の為に苦労させたくなかったんだ』


 どういうことだ? 俺は鳥の次の言葉を待った。


『ノエミの話を覚えてる? 子供が重い病気で、薬代の為に借金して闇の組織に入るハメになったってやつ』

「ああ」

『あれは彼女の作り話かもしれない。でもね、僕の家では本当にそうなり掛けたんだ。僕さ、生まれつき肺が凄く弱かったんだよ。薬を使わないと息ができなくなるくらい咳込んでしまうんだ。成長するにつれて肺が強くなるかもって医者は言ったけど、いくつになっても症状は改善しなかった』


 ……重い喘息か。セイヤの弟も軽い喘息持ちだったが、七歳くらいで薬無しでも咳をしなくなった。


『普通の薬じゃ発作が治まらなくて、特別に処方された薬が必要だった。僕も末比マツビの街出身だけど、あそこって桜里オウリの国の端っこだからさ、物資が王都みたいに流通してないんだよ。薬の材料を取り寄せるにはお金が掛かったんだ』


 鳥はヤレヤレといった風に首を振った。


『ウチは中流家庭だったけど、僕の病気のせいでどんどん貧乏になっていった。新しい服すら買えなくて、成長期の妹なんて明らかに小さい服を無理して着ていたよ』


 末比マツビの街出身で妹……? まさか。


「その妹ってのは、もしかしてランか?」

『アハハッ、流石にその偶然は無いよ。妹は僕の二つ下だ。それに両親は優しい人達だったって言っただろ? きっと僕の家族は極楽へ行ける。でも、ランに幼い頃の妹の面影を重ねてしまったことは認めるよ。それでつい、彼女には手助けをしたくなってしまうんだ。それも駄目だって王様に注意されたけどね』

「そうか……」

『両親はさ、僕の薬代の為に借金をしていたんだよ。でも借りたお金をなかなか返せないから、まともな所からは借金を断られるようになっていった』

「それで闇組織から借りたのか?」

『そうならないように、その前に終わらせたんだよ』


 終わらせた。それは彼の命そのものだ。


『僕がしたことはただ一つ、発作が起きても薬を吸入しなかったんだ。それだけ』

「……苦しかっただろう?」


 病に侵されていたとはいえ、まだ若い肉体だ。窒息の苦しさに、何度も薬へ手を伸ばし掛けただろう。しかし彼は最期まで苦しみに耐えたのだ。十二歳で。


『僕は幸せだったよ? だってこれで家族を解放してあげられるんだもん』

「だが、遺された家族はおまえの死をきっと嘆いた。仲の良い家族だったのなら尚更だ」

『キミ達兵士だって、仲間の為に自分の身を犠牲にするじゃないか。僕とは違うの?』

「……………………」


 確かにそうだ。誰かを助ける為に、何度も自ら危険に飛び込んでいった。これも一種の自殺行為に当たるのか?


『王様は言ったんだ。一人一人、自分の人生には責任が有る。途中で放棄しちゃ駄目だって』 


 鳥は俺をジッと見つめた。


『でも僕が生きている限り家族は苦労するんだ。犯罪に巻き込まれていたかもしれない。だから僕は自分なりに責任を取ったんだよ』

「……………………」

『ねぇエナミ、大切な人の為に自分の命を使うことは、そんなにいけないことなの?』


 俺は彼に答えを返せなかった。父さんや姉さんを救う為なら相打ちも覚悟している俺だ。俺も案内鳥と一緒で、自殺願望者なんだろうか?


『ごめんね。愚痴りたかっただけだから、今晩話したことはあまり気にしないで。じゃ、おやすみ。ミズキの所へ戻ってあげなよ』


 鳥は石灰岩から飛び立ち、闇に黒い身体を溶かした。

 年齢の割に大人びている彼は、そうならざるを得なかったのだ。他の子供達が外を走り回って遊んでいる間、彼は布団の中で家族の幸せをただ祈っていた。

 その姿を想像して俺はとても哀しくなった。

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