初めての狩りより緊張した(二)

 ミズキに顔を覗き込まれて身体が強張った。あんたはいちいち近いんだってば。これで何度目だよ。

 改めて月の下で見るミズキは、幻想的な美しさを放っていた。夜だというのに直視できないくらいにまばゆい。俺は天女に恋をした馬鹿な男の昔話を思い出していた。


「エナミ?」

「あ……うん」


 ぼぅっとしてしまっていた。天女を見た男もこうだったのだろうか。


「そのことに関しては怒ってない。……別に嫌じゃなかったから」


 んん!? 俺は何を口走っているんだ? そんなこと言ったらまたされちゃうぞ? いいのか俺!?


「本当に……怒ってないのか? 嫌でもなかったのか?」

「ああ。ビックリはしたけどな」

「エナミ……」


 案の定ミズキの顔が斜めに接近して来た。俺は咄嗟に自分の口を右手で覆い、その甲にミズキの唇が触れた。

 防御しなかったら絶対にまたくちづけされていたな。危ねぇ。


「嫌じゃないけど、またしろという意味じゃない!」

「嫌じゃないならいいんじゃないのか?」

「あんたには一か百しかないのか? もっともっと人の心は複雑だろう?」


 ミズキは困った顔をした。


「俺には一つしかない。おまえが好きだ。それだけが俺の真実なんだ」


 あああああああ。殺し文句をサラッと言われたぁ。俺は恥ずかしくなり動く上半身でもがいた。そして後ろに倒れそうになったところを、またもミズキに抱き留められた。


「暴れると危ないぞ、エナ……」


 ミズキの動きが止まった。


「………………」


 彼はしばらく目を閉じて俺を抱きしめていた。え、何? 黙られると不安になるんだけど。


「エナミ、おまえの心臓の音が聞こえる」


 うわあぁぁぁぁぁぁ。ドキドキしているのがバレたぁぁぁぁ。勝手に聞くなぁぁ!!

 ミズキは頬を染め、期待を込めた無垢な瞳で俺を見つめた。


「俺のこと、意識してくれているのか……?」


 ブチブチブチッ。脳の重要な血管が何本か切れた気がする。何なのこいつ。素で俺を殺す気か!?


「ああそうだよ!」


 俺は開き直った。もう後はどうとでもなれだ。ミズキも馬鹿だが俺はもっと馬鹿だ。


「あんたのこと友達だと思ってたのに、くちづけされてから自信が無くなった。俺は男のあんた相手に照れて、緊張して、興奮してる!」

「エナミ……?」

「くちづけして来たのがセイヤだったら殴ってたし、トモハルさんだったら背負い投げしてるし、ミユウだったら確実に死闘になってた! それなのに、あんたに対しては何もできないんだよ!」

「………………」

「でも俺は男色じゃない。どうしてあんたに対してだけそうなるのか判らない。自分で自分が判らないんだ!!」


 一気にまくし立てた俺は荒い息を吐いた。言って自分の本心を知って愕然とした。

 俺、ミズキをめちゃくちゃ意識していたんだ……。そういえばつらい時はいつもミズキを捜していた。セイヤだってイサハヤ殿だって相談相手に名乗り出てくれたのに、本心を打ち明けて助けを求めた相手はミズキだった。

 くちづけはきっかけに過ぎなかったのか? 俺の方こそずっと前からミズキを求めていたのか?

 解らない。自分のことなのに。


 混乱した俺の背中をミズキは優しく擦った。


「ありがとうエナミ。気持ちを教えてくれて」

「教えたって……、俺自身まだ気持ちの整理が付いていないんだぞ?」

「いいんだ。今の正直な気持ちが聞けただけで嬉しい。言葉にするのは勇気が要っただろう?」


 俺は勢いでぶちまけただけだ。勇気を出して言葉にしたのはミズキの方だ。


「……それはあんただろう。同性に恋の告白なんて、なかなかできないぞ」

「ああ。恥ずかしかったし怖かった。拒絶されると思っていたからずっと隠したままでいようとした。でも伝えずにはいられなかったんだ」


 そうか、俺はたかが六時間程度だったが、ミズキは何日も悩んでいたんだな。自分のことでいっぱいになっていて、彼のことを気遣えないでいた。


「……ミズキ、あんたの気持ちはとても嬉しい。でも今の俺はその気持ちにこたえられない。どうしたらいいのか判らないんだ。少し考える時間をくれ」

「解ってる」


 ミズキは清々しい笑顔を俺に向けた。


「待つさ、おまえの答えが出る日まで」

「ミズキ……」


 心が温かい。俺達の関係がこの先どうなるかは判らない。しかしもう不安は無い。恋だろうが友情だろうが、互いが大切な存在であることを確認できた気分だった。


「だから今は、ここで我慢しておく」


 ちゅ。

 ミズキの唇が俺の右頬に触れた。

 …………ん?


「頬へのくちづけには、イザーカでは親愛の意味が有るそうだ。ミユウがそう言って何度も迫って来た。その度に刀を抜いて追い払っていたが、今は良い情報を貰えたと感謝している。無駄な知識など無いものなんだな」


 んん?


「明日もきっと朝一番でシキを追うことになるだろう。今夜はそろそろ寝ようか」


 んんんんん!?


「おやすみエナミ。良い夢を」


 ミズキは満足した顔で草の上に寝転んだ。おおい!

 人の気持ち無視してコトを進めんな! 今日勉強したばっかりだろう? 復習しやがれ!!

 俺は物凄く綺麗な寝顔のミズキに心の中で毒づき、ミユウには物理的に報復をしようと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る