初めての狩りより緊張した(一)

 日は完全に沈んだ。マサオミ様と別れた俺は、寝床にしている南西へ向かった。

 周辺は暗いが、石灰岩が僅かな月の光を反射して輝いているのであかり代わりとなった。

 ミズキの見張り時間は終わっているはずだ。彼が先に来ているか、俺が先に到着するか。


「……ミズキ」


 彼が先だった。月の光りを纏った麗人が俺の目線の先に佇んでいた。月下美人。この言葉がこれほど似合う男が存在するとは。


「……エナミ!」


 俺を見付けたミズキは嬉しそうに微笑んだ。


「良かった、来てくれて。避けられると思った」


 マズイことをした自覚は有ったのか。俺はホッとした。話が通じない状態だったらどうしようかと心配していたのだ。


「昼間は……すまなかった」


 ミズキは頭を下げた。


「おまえの意思を無視してあんなことをして」


 よし。昼間のように積極的に来られることはとりあえず無さそうだ。別行動している間に彼の頭も冷めたのだろう。警戒は解いていないが、俺はミズキの近くまで歩を進めた。


「エナミ、俺を殴りたかったら殴れ」


 セイヤ相手だったらそうしていたな。助走も付けていたかもしれない。

 しかし不思議と、ミズキには殴り掛かろうという感情が湧いて来ないのだ。

 ミズキとセイヤ、どちらも大切な友達なのに。どうしてこうも感じ方が違うのだろう。本当に自分の心というものが判らなかった。


「殴る気は無いよ。顔を上げてくれ」


 俺の言葉を受けてミズキは姿勢を直した。


「怒ってないのか?」

「怒ってるさ」

「……そうだよな」


 しょんぼりしたミズキに俺の方が罪悪感を覚えた。どうしてだよ。

 気まずい空気の中、ハッキリさせないといけない事柄を聞いた。


「何でくち……、あんなことをしたんだ?」


 くちづけという言葉を使えなかった。まだ恥ずかしいのだ。


「したかったから」


 まぁそうだよな。素直だな。でも聞きたいのはそこじゃないんだ。俺はもっと踏み込んで尋ねた。


「ミズキは……その、俺のことが好きなのか……?」


 ううううう。恥ずかしい。脚が震えてきた。でも一旦座ると立ち上がれなくなる予感がする。


「好きだ」


 彼はキッパリと、真っ直ぐな瞳で宣言した。


「俺はエナミが、好きなんだ」


 念を押された。大切なことだから二回言われた。

 動揺するんじゃないぞ、俺。好きにはいろいろな意味が有るのだから。


「それは弟みたいで可愛いとか、そんな風な気持ちなのか……?」


 イサハヤ殿も俺に優しい。マサオミ様は俺のことを可愛いと言った。俺は年上受けが良いのかもしれない。ミズキもそうだとしたら話は簡単なのに。


「違う」

 

 ……だよな。大将二人は俺にくちづけなんかしない。彼らとミズキは違うと解っているくせに。

 ハッキリさせないといけないのに、ハッキリと言われることがたまらなく怖い。


「エナミ、おまえのことはかなり前から気に入っていた。戦闘では頼りになるし、話し易いし、誠実で信用ができる。これから先も共に研鑽けんさんして行きたいと願う相手だ」


 それについては一言一句、俺も同じ気持ちだよ。


「ずっとこれが友情だと思っていた。でも違うんだ。おまえが俺以外の人間を高く評価することが面白くないし、暇な時はおまえのことばかり考えてしまう。今はおまえに触れたいと思うまでになった」

「………………」


 触れたい……俺に。心臓の鼓動がいよいよ速くなった。


「これは友達の感情ではないのだろう? セイヤもいい奴だが、あいつに対しては決してこんな気持ちにはならない」


 ミズキも引き合いにセイヤを出して来た。比較対象として大人気だな。


「この数日ずっと考えていたんだ。おまえに対する俺の気持ちが何なのか」


 話を聞く俺の緊張が限界まで高まった。耳が痛い程に熱を持った。

 ミズキは意を決したようで、真剣な眼差しで訴えて来た。


「エナミ俺は、おまえに恋してる」


 ……張り詰めた意識が限外を突破した。もう駄目だ、俺の脚から力が抜けた。


「エナミ!?」


 倒れそうになった俺をミズキが抱いて支えてくれた。だが離れてくれ、頼むから俺に接触しないでくれ。激しく脈打つ心臓の音を彼に聞かれてしまう。


「すまない、心底気持ちが悪いよな? 同じ男から告白されるなんて」


 ミズキは俺の意識が飛び掛けた理由を誤解して、俺を草の上にそっと座らせてから離れた。

 離れてくれたことはよしとして、違うぞ、気持ち悪いなんて思っていない。俺には刺激が強過ぎただけだ。


「普段はできるだけおまえの視界に入らないようにするよ。だが戦闘の時は許してくれ」


 そう言って泣きそうな顔をした彼は立ち去ろうとした。何処へ行くんだよ。また俺を独りにする気か?


「待て!」


 俺は腹に力を入れて、何とか絞り出した声をミズキの背中へぶつけた。


「人の気持を無視して勝手に去って行くな! あんたは昼間もそうだった。俺が怒っているのはそこんトコだ!」

「え……」


 戸惑った様子でミズキは振り返った。そして腰を抜かした(本日二度目の)俺の傍に、片膝を折って屈んだ。まるで異国の絵本で見た騎士のように。くそ、いちいち動作がスマートだな。余計に熱が上がるじゃねーか。


「……くちづけに怒ったんじゃないのか?」

「う……」

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