ある日、森の中、大将さんに出会った(三)
「かもしれないな……」
マサオミ様は俺の頭に手を乗せてポンポン軽く叩いた。
「……あの、やっぱり俺を頼りないとお思いですよね?」
「え、そんなこと無いぜ? 何で?」
「だって、頭撫でるって立派な成人男性にはしない行為ですよね?」
「あっ、悪い!」
マサオミ様はすぐに手を引っ込めた。
「いや~、何かおまえさんが可愛く思えちまってな。危ねぇ、
解っちゃ駄目ですよ。
「ええと、エナミは女が好きなんだよな?」
「はい。ミズキはとても大切な友人だと思いますが、あの、性的なことをしたいとは考えてなくて」
そのはずだ。たぶん。
「腰抜かしたってことは慣れてなかったんだろ? 他の奴とくちづけした経験は有るのか?」
「……いいえ。初めての経験でした」
顔が熱くなるのを感じながら正直に打ち明けた。今は強がらず素直になると決めた。
「それはちょっとキツイ初体験になったな。ミズキに怒っても良かったと思うぞ?」
そうだ。どうして俺は怒らなかった? 初キスだぞ? セイヤにされていたら冗談でも殴っていた。
「あの時は……驚きの方が優先されてしまって。ミズキが説明無しにさっさと行ってしまったので、それに怒りを覚えましたが」
「ん?」
マサオミ様が首を傾げた。
「さっさと行ったことに対して怒ったのか?」
「はい。だって急にあんなことをして、呆然とする俺を残して行ってしまったんですよ? 薄情じゃないですか?」
「んん~~~~?」
マサオミ様は闇鍋で嫌いな物を食べてしまったような表情になった。そしてその微妙な顔のまま俺に尋ねた。
「じゃあ、くちづけ自体は嫌じゃなかったのか?」
「……………………え?」
俺の時が止まった。ほんの数秒だったが。
「嫌じゃ、なかった……?」
「だろ? そこで怒ったんじゃないんなら」
え? え? え?
俺の目の前に、小さな星がチカチカ
「俺がミズキのくちづけを受け入れたということですか?」
「それを知っているのはおまえさんの心だろう。別の相手だったらどうだったか考えてみろ。セイヤは幼馴染で気心知れた相手だよな? あいつがおまえさんにくちづけしたらどうしていた?」
ついさっきシミュレーションしたばかりだ。マサオミ様と俺は発想が似ているのかもしれない。
「もしセイヤにされたら、殴って突き飛ばして飛び蹴りをかまします」
「それが答えだよ。おまえさんはミズキを受け入れたんだ」
「~~~~~~!?」
俺は自分の口を右手で覆った。おかしな声が出そうになったのだ。
どういうこと!? 俺はどうしちゃったんだ!?
「お、俺、ミズキに恋してるんでしょうか……?」
「俺にゃ判らんよ。自分で答えを見つけ……」
「ここまで来て見捨てないで下さい!!」
「うおっ!?」
俺はマサオミ様の軍服にしがみ付いた。
「判らないんです、自分のことなのにどうなのか判らないんです!」
「落ち着け、落ち着け、どうどう!」
「落ち着けません! 何か助言を下さい! 俺はどうしたらいいんですか!?」
「いや、俺も野郎同士の恋愛は経験が無いから……」
「散々
「じょ、助言か……。ええと、ミズキが攻める側でおまえさんが受ける側なんだよな……」
俺は期待を込めた目でマサオミ様を見つめた。もうこの人に縋るしかなかった。
「初めては男でも痛いかもしれん。途中でつらくなったら我慢せず、ちゃんとミズキに手加減するよう言うんだぞ?」
「……はい?」
初めて? 痛い? 何が? 何処が?
マサオミ様の発言がジワジワと俺の脳に染み渡って来た。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
意味が解った瞬間に俺は羞恥心で爆発しそうになり、顔を両手で隠して両足をバタつかせた。
「どうしたエナミ、挙動が思いっきり不審だぞ!?」
「マサオミ様の助言がそのものズバリだったからです! 俺達はまだ青臭いガキなんです、くちづけが関の山なんです、そんな先の階段は登っていません!」
「あ、そうか……。童貞捨てたのが昔過ぎて純粋さを忘れちまってたわ。ワリィワリィ」
プツッ。俺の理性の糸が切れた。シキ隊と戦った時にすら持ち堪えた俺の心は、こんなところで壊れてしまったのだ。
「……ああもう! だから経験豊富な人は嫌なんだ。初心者の気持ちなんか解りっこないんだ!」
「悪かったって」
「どうせ俺のこと未経験だって笑ってるんだ。そんでモテる自分は
「おい、生々しい妄想はやめろ」
「隠し子に認知裁判起こされちゃえばいいんだ。給料差し押さえになっちゃえばいいんだ。養育費でカツカツになってしまえ」
「リアルな呪い掛けてんじゃねぇよ。ちょっとドキッとしたぞ!?」
「もげろ、もげろ、腐ってしまえ~」
「しっかりしろ、戻って来いエナミ!」
闇落ちした俺の呪詛の声と、宥めるマサオミ様の声が丘の南側に響き渡った。
願わくば、他の誰の耳にも届いていませんように。
陽は沈みかけ赤と黒が空でせめぎ合っていた。ミズキの見張り番が終わる時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます