ある日、森の中、大将さんに出会った(二)

 間髪入れず、桜里オウリの大将はもの凄い怖い顔で俺を怒鳴りつけた。


「どうしてそうなった!? 俺と真木マキさんはそんな関係じゃねえよ! 俺は女好きだ!!」


 え、違う? マサオミ様、女好きってかなり恥ずかしいことを大声で宣言しちゃいましたけど大丈夫ですか?


「ですが、その……、軍服も髪も乱れていらして、肌にはくちづけの跡らしきものも……」


 俺は気が動転していたのだろう。懇切丁寧こんせつていねいに見たままを伝えてしまった。


「うおっ、本当だ! 何て恥ずかしいカッコを俺はしてんだ!?」


 マサオミ様は今初めて自分の衣服の乱れに気がついたようだ。他者からどう思われるかということも。


「違うから! これは真木マキさんと相撲してこうなっただけだから! 肌の赤みは投げられた時にできた擦り傷だよ!!」

「え、相撲……ですか?」

「そうだ相撲だ。力比べをしていたんだよ!」


 何だ、俺は勘違いをしていたのか。大将が相撲に興じているのもそれはそれでどうなんだろうと思うが、男色の集いに誘われた訳ではないと知って安堵した。


「すみません、とんだ誤解をしてしまいまして」

「ああ。とんでもない誤解だったな」


 怖い。やっぱり逃げたい。


「あの、それではミズキに用が有りますのでこれで……」


 去ろうとした俺は軍服の後ろ襟首をマサオミ様に掴まれた。これは猫を大人しくさせる際に使う手段だ。


「待てや。俺とも話そうとさっき言ったろう?」

「で、ですが……」

「だいたいミズキとまともに話せんの? くちづけされて気が動転してるんじゃないのか?」

「ふぉっ!? ご存知でしたか!?」

真木マキさんから聞いた。ミズキの方から一方的にして来て、おまえさんは腰抜かしたって」


 やっぱり見られていた。しかもけっこう詳しく。


「それを……ミズキと話し合いたくて。このままにしておくと気まずくなりますので」

「そうだな。話し合いは必要だな。だが闇雲にぶつかってもお互い傷付くだけだぜ?」

「そうですよね……。俺、まだミズキに何て言えばいいのか分からないんです」

「だから周りに相談しろって言ってんの。おまえさんは大丈夫だって言って、独りで抱え込んじまう癖が有るみたいだからさ」

「あ……」


 そうだな、大丈夫じゃないのに強がるのは俺の悪い癖だ。マサオミ様は見ていてくれたんだな。


「まずは俺に胸の内を打ち明けてみ? それだけでもずいぶんスッキリするぜ?」

「はい……!」


 俺とマサオミ様は丘の南側へ向かって連れ立って歩いた。もう俺には逃げる気持ちは全く無かった。だのにマサオミ様に襟首を掴まれたままだった。俺は猫じゃないんですが……。


「んで、今日くちづけされた訳だが、それ以前にミズキにそういう兆候は見られたのか?」


 俺とマサオミ様は丘の南に点在していた低い石灰岩の一つを、椅子に見立てて並んで座っていた。襟首の拘束は解かれた。

 俺は過去のミズキとのやり取りを思い出して答えた。


「いえ、特には……。あ、抱きしめられたことは有ります。でもあれは俺が家族のことで余裕が無くなっていた時で、ミズキは友達として俺を励ましてくれたんだと思います」


 言ってから訂正した。


「……そう思っていました」

「うん。ミズキの方はその頃からおまえさんに、特別な感情を抱いていたのかもしれないな」

「俺が頼りないから、最初は保護者気分だったんだと思います。そこからきっと徐々に……」

「ん? おまえさんは頼りになる奴だぞ?」


 マサオミ様に認められて嬉しかった。ただそれは過大評価だろう。


「弓に関しては多少の自信が有りますが、その他のことについては褒めて頂けるまでにはとても……。シキの隊と戦った際は俺の暴走でご迷惑をおかけしました」

「家族や大切な相手のことが絡んだ時に冷静じゃなくなるのは、人間なら当然のことだろうが。逆に一切取り乱さねぇ奴を俺は信用できない」


 マサオミ様は俺の肩を指で軽く弾いた。


「もっと自分に自信を持てよ。弓だけじゃない。今は俺が話を聞いているが、いつもは相談を受ける側じゃないのか? おまえさんは愛想が良い訳じゃないのに、何故かこちらの話を面倒がらずに聞いてくれるような頼もしさが有るんだよ」


 そうなのか? 自分ではよく分からない。でも確かに、出会ってすぐトオコに相談を持ちかけられたな。彼女は職業柄、男に対して信頼の念など抱けなかっただろうに。


「同年代の男達に比べて、精神年齢はだいぶ高いと感じるぞ」

「それはきっと父のおかげです。父は家を空けることが多かったので、子供の俺でも独りで居られるように様々なことを仕込んでくれました」


 狩りはもちろん一通りの家事まで。


「村の他の子供達も家の手伝いくらいはしたでしょうが、俺は十歳になるまでに自分だけで、身の回りのことは全部やれていました。それがあたりまえの生活だったんです」

「すげぇな」

「……きっと父は行方不明の姉を捜しに、州央スオウへ戻りたかったんだと思います。でも俺を巻き込みたくなかった。だから長期間留守番できるように俺を鍛えたんです」


 それに、父さんは自分が殺されることを予測していたのかもしれない。それで残された俺が独りでも生きていけるように、サバイバルスキルをできる限り伝授したのだ。

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