ある日、森の中、大将さんに出会った(一)

 緊張しながら俺はミズキの姿を求めた。会いたいのに、会いたくない。話したいのに、話すのが怖い。

 セイヤに応援されたんだ、頑張れよ俺。

 俺は丘の東側を歩いていた。すると、少し前方の大樹の陰からマサオミ様が出て来た。


「マサオミさ……」


 挨拶をしようとして俺は躊躇ちゅうちょした。マサオミ様の様子が変だったのだ。

 フラつく足取り。乱れた髪と衣服。そして目が凄く良い俺だから見えたが、僅かに露出している肌のあちこちが赤くなっている。


(どう見ても情事の後だ)


 そう思った俺は回れ右をした。上官の秘め事に立ち入るべきではない。

 しかしそっと立ち去る前にマサオミ様に見つかってしまった。


「ようエナミ、何してんだ?」


 上官に声を掛けられた以上、無視はできない。俺は振り返って一礼した。目はマサオミ様を直視できず泳いだ。


「ミズキに話が有りまして、捜しております」

「ああ……ミズキね。あの兄ちゃんなら俺の次の見張り番で、今は下山口付近に居るはずだぜ」

「ありがとうございます。早速向かってみます」

「ちょっと待てや。俺とも話をしていかないか?」


 え、でも目のやり場に困るんですが。髪の毛に草付いてますよ?


「マサオミ様はあまり具合がよろしく無いようにお見受けします。お休みが必要なのでは?」

「まぁ疲れてはいるな。真木マキさんについさっき、嫌ってほど激しく責められてな」


 ………………ん?


「手加減してアレかよ。いったいどれだけ体力有るんだよあのオッサンは」


 ………………んん?


「イサ……ハヤ殿と?」

「ああ。おまえも相手する時は気を付けろよ? あの人は強い上にしつこいからな。まぁ毎回何だかんだで俺から誘ってるようなもんだけど」

「毎回……何度も?」


 俺はトワイライトゾーンに迷い込んだ気分になった。いやここも地獄で充分日常からかけ離れているが。

 尊敬する大将二人がずっとそういう関係だった……? まるで気がつかなかったぞ。

 だがそうか、相手になれる大人の女性はアオイしか居ない。階級を振りかざして部下に手を出すことを二人はきっといさぎよしとしなかった。それで将同士で欲求を発散することにしたのだろう。


「エナミどうした?」

「俺はお二人をご立派だと思います!」


 部下を巻き込まずに自分達だけで解決する。上司の鑑だ。そこには互いの信頼関係も存在するのだろう。


「そ、そうか? 本能のままに行動して、みっともない姿だと思うがなぁ」

「そんなこと!」

「特に真木マキさんはすぐに理性を無くすから。そうだ、今度はおまえさんも混ざってくれや。そうすりゃ俺の負担も少しは減る。」

「………………はい?」


 混ざれとは?


真木マキさんはおまえさんが大のお気に入りだからな。はは、たっぷり可愛がってもらえ」


 俺の全身から血の気が引いた。混ざってお気に入りの俺は何をされるんだ? ナニを?


「いえ……俺には無理です」

「大丈夫だ。おまえさんになら真木マキさんも優しくしてくれるさ」

「いえいえ、お二人の中に割って入るなんて、そんな……」

「遠慮すんなって。上官相手に中々できる体験じゃないぞ? 真木マキさんならまだ向こうに居るから、何なら今から一勝負してみたらどうだ? あの人は力強さも有るがそれ以上に相当な技巧者だ。やられっ放しが嫌ならおまえも最初から積極的にいけよ? よし、俺が立ち会ってやる」

「ヒィッ!?」


 一勝負? 俺も積極的に? 立ち会う? この人は真っ昼間から危険なワードを連発して正気なのか!?

 俺は後退りをした。


「す、すみません、俺には無理です! 失礼します!!」


 そして再び回れ右をして全力で逃げ出した。

 すたこらサッサ。

 ところが後から大将さんが付いて来る。……いったい何故!?

 しかも中年世代なのにマサオミ様ったら足早い。流星と呼ばれるだけはあるな。だが俺とて村一番の瞬足なんだ。狩りで何度も猪に追われて鍛えた脚力を見せてやる。

 よし、いい感じだ。徐々にマサオミ様を引き離せてきたぞ。


「止まれ、エナミ!」

「はいッ、ただちに!」


 マサオミ様に後ろから怒鳴られて俺は止まった。軍隊では上官の命令は絶対なのだ。


「……何で逃げた?」


 全力疾走で流石に息が切れたマサオミ様に詰め寄られた。何でって……理由を説明しろというのか?


「だって、その……」

「あん?」

「新兵の俺には荷が重過ぎます! イサハヤ殿はマサオミ様が幸せにして差し上げて下さい!!」

「ああ?」


 マサオミ様はキョトンとした。俺の放った言葉に脳が反応しなかった様子だ。あれ?


「え、幸せって、何……? 俺が真木マキさんを……?」

「お二人はお付き合いされているのでしょう?」


 言ってからしまったと後悔した。身体だけの割り切った関係なのだとしたら余計なお世話だ。


「……誰と誰が付き合ってるって?」


 マサオミ様の声音が物凄く低くなった。鈍い俺でも解った。これは絶対に怒っている。

 俺は上半身を六十度くらいの角度に折り曲げて謝罪した。


「申し訳ございません! 上官の私生活に踏み込むなど、出過ぎた真似を致しました!!」

「そうじゃねえぇぇぇ!!!!」


 マサオミ様の魂の叫びを聞いた気がした。

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