持つべきものは親友
俺はひたすら困っていた。
幸い、抜けてしまった腰は回復した。しかし次にまたくちづけに準ずる衝撃を与えられた場合、腰どころか魂が欠けてヨモギの兄弟を産み落としてしまう気がした。
三時間くらい独りで考えていたが思考が空転するばかりだった。これは誰かに相談した方がいいだろう。タイミングが良いことに、向こうからセイヤが鼻唄まじりに歩いて来た。
「よおエナミ」
「セイヤ、ずいぶんと機嫌がいいな」
「さっき見舞いに行ったんだけど、モリヤさんの容態がだいぶ良くなったみたいなんだ」
「それは何より」
「んで俺は、これから次の見張り番が回って来るまで訓練するつもり。次こそは戦力になれるように頑張らないとな!」
「おまえ自身、だいぶ顔色が良くなったな」
セイヤは鼻を掻いた。
「ああ。いつまでも暗い顔してたらトオコを心配させてしまうからさ」
本当に素直で気持のいい男だ。
「エナミは……、元気がイマイチ無さそうだな。怪我してる訳じゃないみたいだけど」
「実は……おまえに相談したいことが有って」
「俺に? 何だ? 何でも言えよ!」
セイヤは大きな手で自身の胸をバンと叩いた。ああ、持つべきものは親友だな。
俺はキョロキョロ辺りを見回して人が居ないことを確認してから、セイヤに打ち明けることにした。
「あのな……俺さ……ゴニョゴニョ」
「ん? よく聞こえなかった」
「ミズキと……ボソボソ」
「ミズキと? 後ろの方が聞こえない」
俺は深呼吸をして覚悟を決めた。
「ミズキと、くちづけをした」
「……………………」
セイヤは目を丸くした。
しばらく無言だったが、両手を俺の肩に乗せた。そして悟りを開いた賢人のような、曇り無き
「おめでとう、エナミ」
……………………ん?
「そちらの世界のことは俺にはよく解らないが、エナミとミズキが大切な友達だということは変わらない。二人のことは心から祝福しよう」
そちらの世界って何だ。線引きをするな。
祝福をすると言われて、思わずありがとうと返しそうになった俺は慌てて否定した。
「違う違う! 俺達は付き合ってない! なのに急にミズキの方からくちづけして来たんだよ!」
「え? そうなのか?」
「だから、どうしようかって困ってて……」
「そっか、ミズキの片想いか」
その言葉にドキリとされられた。片想いって恋によく適用される言葉だよな?
「……ミズキは、俺に恋をしているのか?」
「そりゃそうだろう。友達にくちづけはしないよ」
そう……だよな。男なら誰彼構わず纏わり付いてくるミユウとは違う。ミズキは誠実な男だ。じゃあやっぱり、そういう意味でミズキは俺に……? いけない、また下半身から力が抜けそうだ。
「エナミだってミズキが好きだろ?」
「そりゃあ……。ずっと一緒に死線を搔い潜って来た信頼できる仲間だし、俺が落ち込んでいる時によく励ましてくれる優しい男だし」
「じゃあいいじゃん、付き合っちゃえば?」
軽いな。完全に他人事だろおまえ。
「好きにはいろいろ種類が有るだろう?」
「好きは好きだろ?」
「……あのな。セイヤ、おまえは最近モリヤさんと親しいよな?」
「うん。初めて会った時は槍向けられて怖かったけど、話してみるとめっちゃ良い人だぜ、あの人!」
「モリヤさんを好きか嫌いかで聞かれたら、どっちだ?」
「好きだな」
「そのモリヤさんにくちづけされたらどうする?」
「へっ?」
セイヤはまた目を丸くして、それから噴き出した。
「はははっ、そんなことにはならねぇよ。俺とモリヤさん男同士だし友達だぜ?」
「俺もそう思っていた。でも今日ミズキに唇を奪われた」
「……………………」
セイヤは自分の身に置き換えて考え、そして理解してくれた。
「そういうことか! 困ったな、エナミ!」
「そういうことだ! 困っているぞ、セイヤ!」
やっと俺の心情を伝えられた。ここまで長かったな。
「ううん……。友達として好きだけど、モリヤさん相手にエロいことは想像できねぇなぁ。俺、女のおっぱい大好きだし」
「俺もだ」
「あれ、エナミもそうなん? あんまりそういう話題に乗って来ないから女の身体に興味無いのかと」
「それはおまえが所構わず大声で喋るからだ。村の女達の冷たい視線に気づいていたか?」
話が逸れて来たぞ。戻さないと。
「とにかく、俺が一番危惧しているのは夜だ。最近俺とミズキはいつも一緒に寝ている」
「そうみたいだな。見張りの時も一緒に居ること多いみたいだし。やっぱおまえら仲イイよな」
「うん。でもさ、くちづけの件が有るから今夜からは気まずい。それに……」
「それに?」
「もしもミズキがその先を求めて来たら、俺、どうしようかって」
実は一番心配なのがこれだったりする。考えただけで心臓が大きく跳ね上がるようだ。
「そんなに心配しなくても……。くちづけ済ませたばっかだってのに、早々がっついて来ないだろ」
俺はセイヤをジト目で見つめた。
「な、何だよ?」
「おまえ、トオコとお互いの気持を確認した後、肉体関係を持つまでどのくらい待った?」
「うっ……」
セイヤは赤くなった顔を手で隠した。
「スマン、あっという間だった! 男の性的欲求は猿と同じだ!」
後から聞いた話だが奇しくもこの時、イサハヤ殿とマサオミ様も似たような議論を交わしていたそうだ。この隊には冷静な人間が居ないのか。
「だからミズキを牽制する為に、おまえにも一緒に寝てもらいたいんだ」
「俺も?」
「ああ。ランやヨモギ、案内人も加えてみんなでまたワイワイやろう!」
おかしな童話を聞かされるだろうが、ミズキと二人きりになることは避けたい。
「俺はそれでもいいけど……、ミズキはちょっと可哀想だな」
「うっ……」
「好きな相手を前にして何もできないって、蛇の生殺し状態だよな」
「で、でも、何かされたら困るから……」
「だったらキッパリとフッてやるべきじゃねぇ?」
「うくっ……」
「だってそうだろ、ミズキはおまえにちゃんと自分の気持ちを伝えたんだ。おまえだって正直に言うべきだ。たとえ拒絶の言葉だとしてもな。それが誠実な対応ってことじゃねぇ?」
その通りだ。セイヤの正論がグサグサ突き刺さって胸が痛い。
ミズキが勇気を出して想いを伝えてくれたのに、俺が逃げてしまってどうする。
「……解ったよセイヤ。みんなで一緒に寝るのは無しの方向で。俺、ミズキと正面から話してみる」
「おう! 頑張れ! 気合い入れろ!!」
セイヤは俺の背中をバチンと叩いた。相変わらずの馬鹿力だ。しかし後押ししてもらえて勇気が湧いて来た。
「ありがとう」
礼を言って俺達は別れた。数回深呼吸して気持ちを落ち着けた。
さて、ミズキを捜すとしようか。彼は今何処に居るのだろう?
嫌いじゃないんだ、むしろ大好きだ。でも戸惑っている。恋愛対象として好意を向けられて、どうして良いのか分からない。この正直な気持ちをミズキに、上手く伝えられたらいいのだけれど。
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