初めてのくちづけ

「見張りお疲れさん、交代しようぜ」


 マサオミ様が俺の居る下山口前に姿を現した。


「はい。宜しくお願いします」

「この後どうするんだ?」

「ミズキと約束が……」

「そうか。真木マキさんもおまえさんと話したがっていたから、暇な時にでも会いに行ってやれな」


 イサハヤ殿が俺に?


「何のお話でしょう、ご存知ですか?」

「あー、ただの世間話とか? 重要な案件じゃないと思うぜ?」

「???」


 マサオミ様は苦笑した。


「あの人は単におまえさんと過ごしたいんだよ。たまにでいいから構ってやってくれ」


 州央スオウの勇将イサハヤ殿の評価が寂しいオジさんになりつつある。これはいけない。


「はい。まずはミズキのとの約束を果たしてから、一度イサハヤ殿の元へ行ってみます」

「頼んだぜ、じゃあな」


 マサオミ様と別れて丘の南西へ向かった。石灰岩が多い、俺達が好んで寝場所に使っている場所だ。地面の緩やかな勾配こうばいが寝転ぶには丁度いいのだ。

 既にそこに居たミズキが俺を見つけた。


「エナミ」

「待たせたな、話って何だ?」

「あ……、うん、それなんだが……」


 ミズキは言い淀んだ。言いにくいことなのだろうか?


「……すまない。覚悟を決めたはずなのに」


 覚悟? そんなに重い話なのか? 俺は緊張した。


「エナミ、おまえも俺に話が有ると言っていたな。先に話してくれないか?」

「あ、ああ」


 俺が先か。俺の方の話も決して気軽にできる内容ではないんだが。でも伝えなければ。


「ごめん!」

「? 何がだ?」


 急に謝った俺にミズキは面食らった。


「俺は一方的にミズキやセイヤに甘えてばかりいる。友達なら、対等でなければならないのに」

「……………………」

「シキの隊の射手、ソウシを殺す役もミズキに頼んでしまった。あんたに余分な人殺しをさせてしまったんだ。すまなかった」


 ミズキはじっと俺を見た。


「どうしてあの時、俺の名を呼んだ? ソウシに一番近かったのはイサハヤ殿だったのに」

「あんたが前に言ってくれた言葉を思い出して……」


 ミズキは俺のすぐ傍に来た。怒ってはいないようだ。ただ俺を見つめている。


「俺が言った言葉とは何だった?」

「……苦しい時は言え、何が有っても止めてやるって」


 その言葉は俺の心の支えになっていた。


「あの時は頭の中で、二人の俺が戦っていたんだ。ソウシを引き裂いてやりたいと思う一方で、もう憎しみから解放されて楽になりたいとも願っていた。苦しかった。セイヤに止められてトオコの声も聞こえて、俺はもう過去に囚われるのは嫌だと自覚した。それであんたに助けを求めてしまったんだ……」

「そうか……」

「ごめん。思いっきり甘えた。自分だけでは解決できなかった」


 あの一件以来、憑き物が落ちたかのように俺の心は軽くなった。しかしミズキの献身有ってこそなのだ。甘ったれの自分が情けない。


「俺は嬉しかった」

「え?」

「誰でもなく、おまえが頼ったのが俺で嬉しかったんだ」

「なん……」


 それは駄目だミズキ。俺を呆れて怒れよ。 


「あんたは俺の保護者になるつもりか? それじゃあ友達じゃなくなってしまうぞ?」

「そうだな。俺はもうおまえを友達だと思っていない」

「あ……」


 ハッキリ言われて図々しくも俺はショックを受けた。そう言われて、そう思われて当然なのに。

 落ち込んで下を向いた俺の目に、膝を少し曲げたミズキの脚が映った。


「?」


 顔を上げた俺のすぐ前に、ミズキの端正な顔が有った。彼は背丈を低い俺に合わせたのだ。

 近いよと、言おうとした俺の口は塞がれた。ミズキの唇によって。


(え…………?)


 ミズキの唇は一旦すぐに離れた。しかし俺が抵抗しなかったので(呆然としていた)、ミズキは再び顔を近付けて互いの唇が重なり合った。

 え、え、ええ~~~~~!?

 俺の脳は情報を処理する替わりに花火を打ち上げていた。

 何? 何が起きている!?

 事態を把握したいのに、ミズキの唇の感触のみに意識が集中して、柔らかいなとかそんなどうでもいい感想ばかり出てしまう。


「………………!」


 何秒か後に、ようやくミズキは顔を離した。


「これが、おまえに対する俺の気持ちだ」


 それだけ言って顔を赤く染めた彼は足早に去って行った。

 …………はい? 何? 何なの?

 今のアレは……アレはもしかして…………。


(くちづけ?)


 理解した瞬間、俺の腰から力が抜けた。ヘナヘナとその場に沈む身体。今管理人が襲って来たら俺は絶対に死ぬ。

 何なんだよ、俺の気持ちって何だ? ちゃんと解るように丁寧に説明してくれ。

 くそ、去ったミズキを追いたいのに立てない。せめて視線だけでも。


「!」


 俺の狩人の目が捉えたのはミズキではなかった。十五メートルほど離れた所で立ち尽くすイサハヤ殿とトモハルだった。

 ああ、イサハヤ殿は俺と話したがっていたんだったな。あちらから捜しに来てくれたのか。……よりによってこのタイミングで!?

 見た? 野郎同士がくちづけしていたのを見たのか!?

 トモハルが右手で顔を隠し左手を前に出して振った。見ていないというジェスチャーだ。いや、それやるってことは確実に見てたよね!?

 イサハヤ殿は顎が外れるんじゃないかってくらい、大口を開けて固まっていた。


「ち、違う……」


 弁明しようとしてやめた。違ってない。見られた通りだ。

 俺とミズキはくちづけをしていた。変えようの無い事実だ。どうしてそうなった? それは知らん。

 トモハルが固まったイサハヤ殿の背中を押して遠ざかっていく。気を遣ってくれたのだろう。俺の視界からフェードアウトするまで、イサハヤ殿は「ウッソー」の表情のままだった。


「あああああ…………」


 俺は頭を抱えた。ヨモギ、地中深く穴を掘ってくれ。埋まりにいくから。

 次どんな顔をしてミズキに会えばいいんだ? しっかりその辺もフォローしてくれよ。

 それに俺、初めてだったんだけど。どうして気持ちの準備をさせずに奪うかな?


「ああ~~」


 ミズキは男が好きだったのか? それにしてはミユウを毛嫌いしているような。あいつに身体を触られないように避けているし。尊敬しているマサオミ様に対しても一線を引いて接している。

 なのにミズキ、俺には距離が近いよな。友達だからだと思っていた。……でもセイヤとはあまりベタベタしてないな。セイヤに抱き付かれても引き剝がしてる。

 ん? だけど俺は抱きしめられたこと有るぞ。向こうから。何で俺だけ?

 何もかもが解らない。くちづけを思い出しては顔が火照る。


 うわぁもう、ミズキの馬鹿野郎ーーーーーーーっ!!




■■■■■■

(BL! BL! BL! ↓↓クリックで茫然とするエナミくんが見られます)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330664191342370

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る