三角? 四角関係
寝かされたモリヤを囲んでアオイ、トモハル、ミユウが座っていた。
モリヤの顔色はだいぶ落ち着いて来た。それを確認して安堵したアオイが不満を漏らした。
「…………何で、私を庇ったのよ」
いち早く反応したのはミユウだった。
「はぁ? 庇ってもらったからアナタは助かったのでしょう?」
「それで自分が怪我してりゃ世話は無いわ。放っておいてくれれば良かったのよ」
「それが命の恩人に対する態度ですの?」
「モリヤよりも私の方が強いわ。獅子に倒されたのが私なら、もっと軽傷で済んでたのに」
「アナタ、大型獣の体重をご存知? その貧相な身体、あっという間に身体中の骨をバラバラにされてましてよ?」
「それでもモリヤよりはマシだったわ」
「……あん? テメェ聞き捨てならねぇな」
アオイの物言いに腹を立てたミユウは、素の男の声で彼女に
「さっきから何だ、グチグチグチグチ文句ばかり。助けてもらったらまずはありがとうだろうが。どういう教育受けて育ったんだ」
アオイは立ち上がってミユウを赤い目で睨んだ。
「部外者は黙ってなさいよ。とにかくモリヤがしたことは余計なことだったのよ」
吐き捨てて、アオイは立ち去った。
「おいコラ待て糞女! 話はまだ終わってねぇぞ!」
「…………分隊長を責めないでやってくれ、ミユウ」
止めたのはモリヤだった。
「分隊長の言う通り、俺が余計なことをしたんだよ……」
「オマエそれでいいのかよ? 身体張って罵倒されて」
「分隊長は苦しんでいるんだよ。俺の行動は、またその部分に触れてしまったんだ」
「どういう意味だ?」
「モリヤ」
ずっと黙って会話を聞いていたトモハルが、ここで口を開いた。
「アオイの隊はおまえ以外の部下が戦死したそうだが、隊員はアオイを守るようにして斬られたのではないか?」
トモハルの問い掛けに、モリヤは唇をキュッと結んで答えなかった。しかしつらそうなその表情が肯定となった。
「やはりそうだったか……。アオイとは、私が話して来よう」
トモハルはアオイが去った方へ向かった。残されたモリヤとミユウは同時に溜め息を吐いた。
「何だあの女。偉そうにしていたが、とんでもない足手まといだったってオチかよ」
「それは違うよ! 分隊長は隊の中で一番強くて責任感も有る。だから隊長に選ばれたんだ。……彼女を守ったのは、俺達が勝手にしたことなんだ」
「何でだよ。隊員みんなアオイに惚れていたってか? あんなガサツな女に。胸も無いぞ?」
「分隊長は、いつも一生懸命なんだ……」
モリヤは微笑んだ。
「家では家族の為に、兵団では仲間の為に、いつも誰かの為に走り回っているような人なんだ。だからつい手伝いたくなるし、応援したくなる。死んだ仲間もきっと同じ気持ちだったんだと思う」
「……………………」
「でも分隊長はずっと悔やんでる。自分がもっとしっかりしていたら部下を助けられたのにって。口には出さないけどね。地獄に落ちてからしばらくはずっと、寝てる間中うなされてたから」
「…………クソッ!」
ミユウは頭をガシガシ掻いてそっぽを向いた。綺麗に纏めていた髪型が少し乱れた。
「だから、分隊長のことは責めないでくれ」
「……分かったよ。この件については触れないでおいてやる。だがあの女が別件で生意気なことを抜かしたらシメるからな?」
「全く、キミは……」
モリヤは頭を振って乾いた笑いを見せた。
「何だよ?」
「絶対、分隊長のこと気に入ってるよね?」
「はぁ!? 何でだよ! 何処に目ェ付けてやがんだ!?」
「だって俺にちょっかい掛けるのだいたい分隊長の目の前だし。分隊長に怒られるの待ってない?」
「んな訳有るか!! 取り消せ!」
ミユウはギャンギャン吠えて否定したが、モリヤにとってアオイに喧嘩を売るミユウは、気になる女の子に意地悪をしてしまう男児にしか見えなかった。
(あ、でも余計なことを言ってしまったかな? これ以上ライバルが増えるの嫌だなぁ。最近の分隊長は中隊長とも妙に仲がいいし)
モリヤはアオイとトモハルが去って行った方向を、不安そうな面持ちで見つめた。
トモハルがアオイを見つけた時、彼女は大樹の陰に隠れるように三角座りをしていた。顔は伏せている。きっと泣いているのだろうとトモハルは察した。
「アオイ、ちょっといいか?」
アオイは顔を上げずに首を左右に振った。
「すみません中隊長。私、モリヤにお礼は言えません。言ったらアイツ、また次も私を庇ってしまうから……」
「そうだな、そうなるだろうな」
トモハルはアオイの隣に座った。
「……アイツだけじゃないんです。死んじゃった部下達も……みんな、私を守ってやられたんです」
「聞いたよ」
「私……どうしたらいいのか……。兵団に入ってからは、男にも負けないように鍛えて来たつもりです。だから分隊長になれた時は、認められたようで本当に嬉しかった。でも結局、戦場で女の私は男の同僚に守られてしまうんです」
「それについては諦めてくれ。女子供を守るのは男の本能のようなものだ」
「……………………」
アオイはしゃくり上げた。
「私、退団した方がいいんでしょうか?」
「私個人の気持ちを正直に明かせば、女を命懸けの戦場には出したくない。だが、私はおまえを尊敬している」
「……私を!?」
思いがけない言葉を掛けられて、アオイは思わず涙でグシャグシャになった顔を上げてしまった。そしてすぐに両手で顔を隠した。
「す、すみません、お目汚しを……」
アタフタする様子が可愛らしくて、トモハルはアオイの肩を抱き寄せた。
「ちゅ、中隊長……?」
恥じらいで固くなるアオイにトモハルは言った。
「女は肉体の構造上、兵士として育つにはどうやっても男に比べて不利だ。男を押しのけて隊長職に就くには並大抵ではない努力が必要だっただろう。男の二倍も三倍も」
トモハルも入団当初は非力な少年だった。文官を目指して本ばかり読んでいた彼にとって、初めて持たされた訓練用の木刀はとても重かった。
「それでも諦めずに励んで来たおまえはとても強く、美しい人間だ」
手の平に豆ができ、それが潰れて血が滲んでも刀を振り続けた。強くなりたくて。アオイもそうして頑張って来たのだろう。腕の中の彼女にトモハルは親近感を抱いていた。筋肉量が少ない分、男の自分よりもきっと大変だったはずだ。
「アオイ、おまえがこのまま兵士としての道を望むのであれば、私は協力を惜しまない」
「えっ……」
「私で良ければいつでも模擬戦の相手を務めよう」
「中隊長がわざわざ、私の為に……ですか?」
「ああ、徹底的に鍛えてやる。そして強くなれ。おまえも、おまえの部下も死なせない為に」
「中隊長ぉぉ……!」
ぶわっとアオイの両目から大量の涙が流れ落ちた。
「お、おいこのタイミングで泣くな。私が泣かせたと思われるだろう?」
「今のは中隊長が泣かせたんですよぉ」
「そ、そうなのか。すまない」
素直に謝るトモハルにアオイは笑いそうになった。これは嬉し涙なのに。
「いいか、アオイ。気分が沈んだ時は無理にでも楽しいことを考えるんだ。そうだな、今は地獄を出た後にやりたいことなど考えるか。肉料理は好きか? 良い店を知っている。国に帰ったらモリヤと一緒に連れて行ってやろう」
必死にアオイを慰めようとするトモハルにまた噴き出しそうになった。
でもおかげでアオイに目標ができた。
(私は強くなる。モリヤに心配をかけないくらい。そして中隊長の隣に立てるくらいに……!)
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