予期せぬ戦い(二)
「分隊長!」
獅子の爪がアオイに到達する前に、横からモリヤが彼女を突き飛ばした。代わりにモリヤが獅子のタックルを受けて大地に押し倒された。
獅子は容赦なく、彼の左肩に喰らい付いた。
「あああああ!!」
激痛に顔を歪めながらモリヤは叫んだ。
俺は矢を獅子に放った。生者の塔の攻略に関係の無い獣の命を奪うのは良い気分ではないが、今はそんなことを言っていられない。
「グオオオォ!」
臀部に矢を受けた獅子は仰け反った。そこへトモハルが斬りかかる。獅子は猛スピードで避けたが、トモハルの刀は奴の背中の厚い皮を数十センチ裂いた。
「モリヤ!」
アオイが肩から血を滴らせるモリヤへ駆け寄った。
トモハルが庇う形で二人の前に出た。
「アオイ、モリヤと共に退け!」
「私も戦います!」
「奴はおまえを狙っている! いいから下がれ!!」
トモハルの言う通りだった。獅子はアオイに目線を定めて唸っていた。手負いとなって更に興奮している。
俺はもう一度矢を放った。しかし獅子の動作の方が早く、奴は再びアオイに向かって突進した。
させまいとトモハルが身体を低くして刀を前に出した。それは獅子の前脚を僅かに傷付けて、奴の突進スピードを鈍らせた。おかげでアオイはモリヤを抱えて斜め後ろへ転がって回避できた。
俺の三射目が獅子の脇腹へ刺さった。
「グルオォォン!!」
怒りの咆哮を上げて、獅子は俺に向き直った。
しかし奴が駆ける前に、接近したマサオミ様が水平に刀を入れて獅子の左後ろ脚を切断した。
「ガアォツ!」
たまらず倒れた獅子に、今度は頭上からイサハヤ殿が刀を振り下ろした。
「許せ」
重い斬撃が落とされ、獅子は生命の火を消した。
ごめんな。できればヨモギのように保護してやりたかったが……。後味の悪さを覚えながら、獅子の身体が黒いモヤに包まれるのを見ていた。
「モリヤ、しっかりして!」
「……けっこう深いな。これは丘へ戻って安静にしなければ駄目だろう」
モリヤの傷口を見たトモハルが見解を述べた。マサオミ様も同意見だった。
「ああ、ザックリやられたな。今日は予定変更して帰るか」
「そんな。皆さんは進んで下さい。丘へは俺一人で戻ります」
「ばーか。そんな傷で一人で登山したら、確実に途中で意識失って行き倒れだ」
獅子の牙はモリヤの身体深くまで沈められたようだ。アオイが布を当てて圧迫止血を試みているが、なかなか出血が止まらない。
「おどきなさい、わたくしがやって差し上げますわ」
ミユウがアオイを押しのけてモリヤの止血を担当した。医師のように手際がいい彼のおかげで、とりあえずはモリヤの出血が止まった。
「無理をして進んでも危険が増えるだけだ。今日は戻り、万全の体制で明日また挑もう」
イサハヤ殿に静かに言われて、モリヤは涙目で頷いた。
「よし、そうと決まれば早く戻ろうぜ。こんな所を管理人に襲われたら面倒だ」
そう言ってマサオミ様は自分の肩をモリヤに貸した。
「マ、マサオミ殿、
「あん? こんな時にそんなこと言ってる場合かよ。おまえさんの背丈に一番近いのはこの中では俺みたいなんでな。他のみんなは周囲の警戒頼むぞ」
マサオミ様はモリヤを脇に抱えてさっさと歩き出した。残った俺達は慌てて後を追った。
「私……、駄目だな。隊長なんて名前ばっかりだ」
すぐ後ろを歩くアオイの呟きが聞こえたが、俺は聞こえない振りをした。自分を庇ったことでモリヤは重傷を負ったのだ。彼女は己を強く責めているだろう。今のアオイに下手な慰めの言葉をかけても、きっと余計に苦しめるだけだと思ったんだ。
丘の上に戻った俺達は、驚いた顔をしたミズキとセイヤに出迎えられた。早過ぎる帰還、そしてぐったりしたモリヤを見れば慌てて当然だ。
「モリヤ! どうしたんだよ!?」
「獅子にやられた」
「獅子!? そんなモンまで居るのかよ、この世界は!」
モリヤは樹木が多い丘の中央に寝かされた。よくマサオミ様やイサハヤ殿が居る場所だ。
ヨモギが帰って来た俺にすり寄って来た。彼の頭を撫でながら思った。ヨモギと親しくなれたのは、とても運の良いことだったんだと。
獅子もヨモギ同様、戦士の魂から零れ落ちた
「エナミ、下山口の見張りに付いてくれ。交代は俺がやる。他の者は解散。訓練するなり身体を休めるなり好きにしろ。ただし空を飛んで来る管理人から逃れ易いように、木か岩の傍で行動するように」
マサオミ様が指示を出した。俺が見張りの一番手か。疲れていないから構わない。
ミズキが近付いて来た。
「エナミ、俺はこの時間帯は訓練をする」
「ああ、頑張れ」
「それで……話が有ると言ったよな? 見張りが終わったら来てくれ。俺はいつもの石灰岩地域に居るから」
「解った」
去って行くミズキの背中を見送りながら考えた。彼の話とは何だろう?
俺にも彼に伝えたいことが有る。それは感謝と謝罪だ。
シキの弟分であるソウシ。とどめをミズキに頼んでしまった。俺の為にミズキの手を余計に汚させてしまったんだ。
俺はミズキとセイヤ、そしてトオコのおかげで闇の中から浮上することができた。
とても感謝している。同時にとても申し訳無いと思っている。
俺って、優しい彼らに甘え過ぎだよな?
(今あれこれ考えても仕方が無いか)
とりあえず見張りをしっかりやろう。俺は下山口まで戻った。
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