予期せぬ戦い(一)
数十分後、地獄の統治者が案内鳥と共に戻って来た。
「どうも。私の用は済みました。本当はもっと皆さんとお話しして交流を深めたいところなんですが……」
緊張するので勘弁して下さい。
「これでも忙しい身でして、すぐに職務に戻らなければならないんですよ。そこに居る部下が使えないので」
ミユウが視線を逸らした。
「彼は置いていきますので、案内人共々しばらく宜しくお願いしますね。それでは失礼」
意外なほどあっさりと別れの挨拶を述べた統治者は、片手を上げて何やら唱えた。すると彼の周りの景色がぐにゃりと歪んだ。時空の渦のようなものが形成されて、統治者の身体はそこへ吸い込まれていった。これが瞬間移動か。消える間際「うえっぷ」というえずきが聞こえた。酔ったな。
「す、凄い、本当に地獄の王様なんだ……」
常人には成し得ない技を目の当たりにしてモリヤが感嘆した。もう丘の上の何処を捜しても統治者の姿は見えない。
『あの、新しい魂が三つ落ちて来たから僕は行かなきゃ……』
よほど統治者に絞られたのか、生気の無い声で案内鳥が言った。マサオミ様が待ったをかけた。
「行く前に教えてくれや。シキは今何処に居る?」
『彼なら滝の有るエリアだよ。この丘の北東だ。歩いて一時間くらいの距離だね』
「片道一時間か……。まだ日は高い。行ってケリを付けるか?」
イサハヤ殿が頷いた。
「そうだな。今日中にシキの問題は片付けておきたい」
『せいぜい頑張って。じゃあ僕は行くね』
「おおっともう一つ」
またもマサオミ様が止めた。
「落ちて来た新しい奴らは兵士か?」
鳥は少し考えてから答えた。
『そうは見えない。キミ達が落ちた同じエリアに彼らも落ちたけど、軍服は着ていないよ。荒々しいというかムサいっていうか……。全員髭モジャで言葉使いが汚い』
「盗賊団の類かな?」
「かもしれん。奴らは災害地によく現れる。今回はカザシロヘ文字通り火事場泥棒をしに来て、どちらかの軍の兵士に斬られたんだろう」
「仲間にはできねぇな」
『それじゃあ僕、今度こそ行くね』
鳥は南西へ飛び立った。
「さて、俺達はシキを追うとするか。奴一人となったが一番の強敵だ。決して油断はするなよ」
「ミズキ、ヨモギ、セイヤを
「はいっ!」
ミズキが外されたか。しかし彼が残れば例え丘が管理人に襲われたとしても、何とかしてくれるという安心感が有る。
「エナミ、気を付けろよ」
対して俺はミズキに心配された。はは、信頼を得られるようになるにはもう少し頑張らなきゃ駄目だな。
「必ず無事に帰って来いエナミ。おまえには伝えたいことが有る」
「俺もだ」
「そうなのか……?」
「ああ、じゃあ後でな。丘のみんなを頼む!」
俺はミズキ達に手を振ってから討伐隊のみんなと共に丘を下りた。今度もミユウは付いて来た。強いと判ったのでもう止めはしないが……。その彼にイサハヤ殿が話を振った。
「ミユウ、キミが身に着けていた鎧はイザーカ製か?」
「そうですわよ」
「
「まぁ、六十年前の型落ちデザインですからねぇ。見た目はアレですが、機能性は向上させておりますのよ?」
「六十年前……。ミユウ、キミはいったい何者なんだ?」
「ウフフ。わたくしのことを知りたいのなら順序を踏むべきですわね」
ミユウは意味深な流し目をした。イサハヤ殿の
モリヤがアオイに小声で聞いた。
「ミユウの鎧って何ですか?」
「ああ、あいつは鎧を着た男の姿にもなれるのよ。私も見てビックリしたわ、誰コイツって」
「そこでコソコソうるさいですわ、洗濯板胸女」
「はぁ!? ちょっとは膨らんでるわよ! 知りもしないで勝手なこと言わないで! 何なら見てみる?」
自分の軍服をたくし上げようとしたアオイを、モリヤとトモハルが左右から必死に止めた。
アオイとミユウはすこぶる仲が悪い。ミユウがお気に入りのモリヤへちょっかい出すのを、アオイが毎回止めているせいだろう。俺としては断然アオイの味方だ。
「おーいそこ、くだらんことで盛り上がるなー。間もなく草原だ。周囲に気を配れよー」
「はい!」
マサオミ様が引率の教師のように注意して、
草原に降り立った俺達はマサオミ様に言われた通りに周辺を警戒して進んだ。しばらくは問題無かった。しかし……。
(ん!?)
俺は右側の皮膚がピリッと引き
「みんな、止まって下さい!」
俺は全員に聞こえるよう、でも大きくならないように声をかけた。
「どうした、エナミ?」
「草原右手の長い草の陰、何かが潜んでいます……」
即座に全員が武器を構えた。そして俺が教えた場所に注目した。
のそりと、草の陰からそれは姿を現した。
「獅子……!」
モリヤが目を丸くした。立派なたてがみを生やした黄金色の大型獣、獅子がそこに居た。
灰色狼のヨモギのことを考えると、獅子が存在したっておかしくはない。ただ違う点は、獅子が明らかに俺達へ向けて敵意を放っているということだ。
落ちて来た魂達に攻撃され、人間は敵だと認識してしまったのかもしれない。
「マズイな……」
牙を剥いて唸る獅子を見てトモハルが眉をひそめた。
「ネコ科の獣は動くものに反応する。みんな、
イサハヤ殿が俺が言おうとしたことを言ってくれた。そうだ。獣に遭遇した時は慌てて逃げないこと、そして怯えた様子を見せないことが肝心だ。
あいつらはこちらが恐怖していることを敏感に察知して襲いかかって来る。だから堂々としていろ。俺達を強いと判断すれば獣は自ら去る。
……ああ、駄目だ。アオイとモリヤが微かに震えている。彼らにはきっと、獣と対峙した経験がまだ無いのだ。
それは獅子にも伝わった。奴は咆哮を上げてアオイに飛びかかった。
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