地獄の統治者(二)

☆☆☆



 ランとモリヤとおまけの案内鳥が待っている。俺達は丘の上へ戻ることにした。

 しかしその道中は気まずかった。地獄の統治者が何故か付いて来ているからである。


「……統治者殿はまだ我々に用がお有りで?」


 マサオミ様につつかれて、最年長のイサハヤ殿がみんなの代表として質問した。流石にもう刀は鞘に収めている。しれっと仲間に加わっていた統治者はにこやかに答えた。


「ええ。ちょっと案内人と直接話をしておきたくて」


 ミユウが蒼ざめた。


「まさか、制裁を加えるおつもりですか?」


 案内人は魂達への自主的な手助けを禁じられている。しかし鳥はその身を盾にしてランを庇ったし、俺達にも最近やけに協力的だ。これらは規則を破ったことになるのだろうか?


「そうしたくないから話すんですよ。彼は少々自由に行動し過ぎるようなのでね、一度しっかり釘を刺しておかないと」

「そうですの……」


 ミユウはとりあえず安堵した様子だ。案外仲間想いなのかもしれない。それに統治者も積極的に鳥を罰するつもりは無さそうだ。


「ふふ、彼は一見ただの変態ですが、良い所もたくさん有るのですよ? 二人とも仲良くしてあげて下さいね」


 統治者は俺とミズキに向かって言った。何で俺達? 曰く、相性が良いからか?


「仲良くとは……ミユウとですか?」


 ミズキが嫌そうに聞き返した。彼は散々ミユウに付き纏われているからなぁ。


「ええ。今はミユウと名乗っているそこのオトコオンナです」

「ミユウには別の名前が有るのですか?」

「ええ。本来の名はサーシャ・グレンデールと言います」


 ずいぶんと立派な名前が有ったんだな。ん? ……あれ? 俺はたった今聞いたはずの名前を忘れてしまった。ミズキや他のみんなも首を傾げている。


「ふふふ。彼の名前が記憶から一瞬で消えてしまったでしょう?」


 統治者は悪戯いたずらっ子のように笑った。


「地獄で彼の名前を呼ぶことができるのは、唯一私だけなのですよ」

「何故です?」

「私が名を知る者だからです。この世界で名前とは、その者を表す本質。私の部下となる者は名前を差し出すことによって、私と主従契約を結び完全に支配下に置かれるんです」


 さらりと怖いことを言う人だな。俺は気になったことを尋ねた。


「しかし管理人達の名前は現世のままでは?」

「彼らには地獄の為に働いてもらっていますが、主従契約は結んでいません。だから意思を封じる仮面が必要なんです」

「仮面のせいで管理人達は苦しんでいます。ミユウのような立場にはできなかったのですか?」

「そうですね、契約すればミユウのように意思を表に出すことができるでしょう。しかしそれでは罰にはならないんです」

「え……」

「私が管理人に選ぶ魂の多くは元軍人です。命令だから、国の為だからと理由を付けて殺人行為を肯定して来た者達です」

「……………………」

「ですから命令通りにしか動けない、完全な戦闘兵器となってもらいました。自分達がして来たことが如何いかに愚かで虚しい行いか。それを痛感させる為に」


 ミユウも言っていたな。第一階層でも生前の罪に対する刑罰が施行されると。


「命有る者は生きる為に他の生命を犠牲にします。植物であったり、動物であったり。それは自然の摂理です。しかし人類は無駄な殺生をし過ぎるのです。戦争がその主たるものでしょう。目先の利権の為に他者の権利を踏みにじる。それがどれだけ重い罪か人は解っていないのです」


 そんな風に言われたら、もう何も言い返せなかった。マサオミ様とイサハヤ殿もバツの悪そうな顔をしていた。俺達は重くなった足で進んだ。


主様あるじさま、わざわざ歩かなくても宜しいですのに」


 丘を登る道でミユウに指摘された統治者は、両腕を上げて伸びをした。


「普段は机に座って書類仕事ばかりですからね。たまには身体を動かすのも悪くないでしょう」


 恐ろしい地獄の王もこうして見る限りは、中年世代に差し掛かった普通の男性なんだけれどな。


「空を飛ぶと気圧差で身体がダルくなりますし、瞬間移動は空間がぐにゃりと歪んで見えて酔うんですよ」


 訂正する。普通の中年男は空を飛ばないし瞬間で移動もしない。


「ふふ、皆さんあまり固くならないで下さい」


 統治者は顔が強張っている俺達に気さくに話しかけてくれるが、無茶は言うな。仮にも王様を前にしてリラックスできるかよ。あの度胸の有るマサオミ様でさえ、遠巻きに様子を窺っている状態だ。

 しかもこいつはお飾りの馬鹿な殿様ではない。地獄の猛者共の頂点に立つ最高実力者だ。さっきの会話と、草原での僅かなやり取りだけで凄まじく強いと判明した。


「ああ、出迎えの者達が来ましたよ」


 鳥から聞いていたのか、俺達が丘を登り切ると同時にランとモリヤが駆けて来た。


「おかえり~!」

「無事で良かった、お疲れ様です!」


 そしてやや遅れて案内鳥が飛んで来た。統治者は鳥へ歩を進めた。


「私が誰だか判りますね?」

『……はい』

「あちらで少し話しましょうか?」

『……はい』


 しかられることが決定している為、鳥にはいつものふてぶてしい元気が無かった。彼は統治者に伴われて丘の奥へ進んだ。

 モリヤがアオイに尋ねた。


「また新顔さんですね。高そうな服を着てましたけど、今の人はどなたですか?」

「地獄を統治する王様よ」

「えっ!?」


 モリヤは離れて小さくなっていく統治者の背中を見た。


「……噓でしょ?」

「ホントよ。私達、不思議な力であの人に倒されたんだから。連隊長やマサオミ殿もよ?」

「ええ? ホントに王様!? 何でそんなお人がここに?」

「案内人に話が有るとか……?」

「自由行動が多い案内人に釘を刺すって言ってたよ」


 補足したセイヤにモリヤが嚙み付いた。

 

「そうだおまえ! どうして急に走り出したんだよ、心配したんだぞ!?」

「ランもしんぱいしたー。モリヤおにいちゃんとふたりだけでさびしかったー」


 二人から責められてセイヤは困った顔をした。


「ごめんな……。信じてもらえないだろうけど、トオコに呼ばれたんだよ。エナミが大変だから傍に行ってあげてって」

「ええ……?」


 セイヤの言葉を聞いたみんなは複雑な表情になった。トオコにもう一度会いたいと願ったセイヤが、幻聴を聞いたと考えたんだろう。

 だが俺はセイヤの言っていることが事実だと知っていた。この身で体験したから。


「実は俺も……、トオコの声を聞いたんだ」

「え、エナミもか!?」

「うん」

「トオコは何と言っていた?」

「周りをよく見て、あなたは独りじゃないって」

「……そっか……」


 セイヤは泣きそうな顔で笑った。


「あいつらしい。悔しいけど、最後までトオコは俺達のお姉さんだったな」

「……うん。ずっと心配をかけ続けてしまった。でもさ、最後の声は明るかったよ。笑ってくれたんだと思う」

「そっか……」


 セイヤは俺の背中を力いっぱいバシンと叩いた。痛い。絶対に手形が付いた。


「俺達、成長してイイ男にならないとな」

「ああ!」


 俺もセイヤを叩き返した。


「いてぇよ!」

「俺だって痛かった」

「いや、おまえの方が強く叩いた」


 俺達はバシンバシン叩き合った。そうしてこみ上げて来る涙を誤魔化した。

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