闇の淵から(二)

 シキ隊の編成は剣士のシキ、中年の槍使い、射手の青年の三人だ。

 もう少しだけシキ達に接近しておきたかった俺達は、這ったまま十メートルを追加で前進した。

 しかしここで射手の青年が俺達に気付いた。彼は即座に弓を構えてシキへ叫んだ。


「兄さん! ヤツらが来た!!」


 青年の第一射はマサオミ様の刀に容易く弾かれた。


「ここまで近付けれぱ充分だ! 行くぜ真木マキさん!」

「おう!」


 マサオミ様とイサハヤ殿が起き上がり、地を蹴って森のシキ隊へ向かった。


「な、何で奴らここが判ったんだ……。畜生、畜生!」


 突然湧いて出た俺達を見て、槍使いは平静さを失った。


「馬鹿野郎が慌てるんじゃねぇ! 武器を構えろ!!」


 隊長のシキに叱責され、槍使いは何とか槍を構えた。しかし彼は後退あとずさりして森の奥へ逃れようとした。


「キエエイ!」


 退路は既に断たれていた。待ち伏せしていたトモハルが飛び出して、槍使いへと斬り掛かった。


「うおぉっ!?」


 不意を突かれたというのに彼は、トモハルの気合いの一閃を、瞬時に身体をよじってかわしてみせた。


「チィ!」


 トモハルの二の太刀も、槍使いは高い柔軟性を活かして避けた。熟練の技を持つ忍びのようだ。そして逆に己の槍をトモハルへ伸ばした。

 トモハルもまた手練れだった。右頬の僅か数センチの所を槍が通過していったのに動じず、腰を捻って半回転しながら、今度こそ刀で槍使いの腹を斬り裂いた。


「かはっ……」


 致命傷だったようだ。中年の槍使いは血を吐いて倒れた。

 ああ、一人トモハルに取られてしまったか。

 ミズキとヨモギも木の陰から姿を現して、残ったシキと青年を威嚇した。


「う……ああ………」


 戦意を喪失しかけた射手の青年へ、シキがげきを飛ばした。


「諦めるなソウシ! あの女を使えばまだ形勢逆転できる!」


 ……女? ミユウか!

 糞が。また弱そうな人間を人質に取るつもりか。どこまでも腐ってやがる。

 マサオミ様とイサハヤ殿が森へ到達したが、シキとソウシと呼ばれた青年は戦わずに大将二人をかわした。そしてミユウの居るこちらへ一直線に向かって来た。


「おいコラ、待ちやがれ!」

「エナミ! そっちへ行ったぞ、気を付けろ!!」


 仲間達は奴らを追ったが、シキ達の方が脚が速かった。流石は忍びというところか。


「ミユウ、遠くへ逃げろ!」


 俺は矢を奴らの足元目掛けて連射した。流れ矢が追って来る味方に当たらないように。

 一本の矢が射手のソウシの足首に突き刺さった。肉の少ない部分だ、骨が砕けただろう。当然彼は転んだ。しかしその姿勢でも俺に矢を放って来た。

 横へ飛んで逃れた俺は、動かないミユウに怒鳴った。


「何してるんだ、走れって!」


 シキ達は初めて戦った時も女のアオイをまず狙った。倒し易い、人質にし易いと考えてのことだろう。下衆共が。イサハヤ殿がアオイをメンバーから外したのは、これを危惧したからなのかもしれない。

 

「ワリィなお姉ちゃん!」


 シキがミユウへ襲い掛かった。


「ミユウ!」


 丸腰のミユウには為す術が無い。俺は彼が傷付けられ、捕えられることを覚悟した。

 しかしミユウの身体がまばゆい光に包まれて、次の瞬間、


 ガキイィン!


 シキの刀が大きな盾に弾かれていた。


「は……?」


 草原に出た誰もが目を見張った。そこに居たのは華奢な女性に見えるミユウではなく、大盾を構えた見目麗しい戦士だった。


 戦士は斧をシキへ向けた。


「いいのか? 俺は自分の身を守る為の戦いなら許可されているんだぞ。俺に挑むのか?」


 戦士の声はミユウの素の時のものだった。ではあれはミユウなのか?


「な、何なんだテメェ……?」


 シキはたじろいた。俺もそうだ。きっとみんなも。

 ミユウはその場に応じて全身の装備品を変えられるようだ。ふざけた野郎だと思っていたが、ここまで出鱈目でたらめな奴だったとは。


「兄さん、逃げて!!」


 後方で転がるソウシが煙玉を投げた。煙幕が辺りを覆い隠す。


「ソウシ、何してる!?」


 本当だな。ソウシは足首の骨を俺に砕かれた。目くらましを使ったところで逃げ切れるはずがない。


「俺はいい! 頼む、兄さんだけでも逃げて!」

「ソウシ!」

「お願いだ、生きてくれ、兄さん!!」


 ソウシの声は涙声になった。


「くそ、くそ、くそぉっ!!」


 シキは喚き、そして逃走を始めたのだろう、風を切る音がした。


「待て!」


 俺は弓を気配のする方へ構え矢を放った。だが当たった手応えが無い。視界が悪過ぎる。


「またかよ、畜生‼」


 これで三度目……、いや十五年前のことも入れれば四度目だ。俺はいつも目の前でシキを逃がしてしまう。どうして、どうして奴を殺せないんだ!


 数分経って煙が消えていった。

 俺が見える範囲にシキの姿は無い。完全に逃げられた。

 草原に寝転んだソウシが嬉しそうに泣いていた。

 満足か? おまえのせいで俺は仇を逃がしてしまったんだぞ?


「イサハヤ殿、待って下さい!」


 ソウシの弓を遠くへ蹴飛ばし、彼に刀を向けたイサハヤ殿を俺は止めた。


「そいつは俺に殺らせて下さい」

「しかし、エナミ……」

「お願いします。できないのなら俺は、一生あなたを恨みます」

「エナミ……」


 俺は弓を構えたままソウシに近付いた。

 シキを逃がした邪魔者。溜まった鬱憤うっぷんはおまえで晴らさせてもらうぞ。

 俺はソウシを見下ろした。彼は死を覚悟しているはずなのに、気丈にも俺を睨み返して来た。


「……ノエミの時と同じだな。忍びはいかなる時も冷静であるように訓練されているのか?」


 俺はせせら笑った。


「もっとも、あの女は苦痛に耐え切られず、途中でみっともなく取り乱したけどな」


 ソウシは怯まなかった。それどころか俺に憐れむような眼を向けた。


「おまえが騎崎キサキエナミか、兄さんから聞いたよ。俺達に恨みが有るのなら好きにしたらいい」

「達観しているな。死が怖くはないのか?」

「俺の命は兄さんの為に使うと決めていた。その願いが叶ったのだから、もういい」


 気に入らないな。死に恐怖して俺に許しを請えよ。


「似ていないが、おまえはシキの弟なのか?」

「血は繋がってない。あの人は貧民街で、捨て子だった俺を拾ってくれたんだ。今まで俺が生きて来られたのは兄さんのおかげだ」

「だからシキだけ逃がしたのか。自分はこれから俺に殺されるのに。尊い自己犠牲の精神だな、悔いは無いのか?」




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