闇の淵から(一)

 全員を集めてイサハヤ殿が言った。


「これより州央スオウ桜里オウリの両陣営に甚大な被害をもたらしたシキ隊の討伐へ向かう。編成は私とマサオミを中心に、左翼にトモハル、右翼にミズキとヨモギ、後方援護をエナミとする」

「あの私……いえ、名前を呼ばれなかった者はどうしたらいいですか……?」


 アオイが遠慮がちに尋ね、マサオミ様が答えた。


「わりぃが今回は留守番をして、ランを守ってやってくれ」

「そうですか……分かりました」


 素直に従ったものの、アオイは明らかに気落ちしていた。腕に自信が有る彼女は、自分が討伐隊から外されたことに不満を持ったようだ。


「アオイ、おまえ達の力を侮っている訳ではない。拠点防衛も重要な役割だ。私達が留守にしている間、残った仲間をしっかり指導して守り抜け。おまえがリーダーだ」

「あ、はい!」


 イサハヤ殿に諭されて、アオイは元気を取り戻した。


「俺……一緒に行きたいです!」


 しかし今度はセイヤが参加を申し出た。が、マサオミ様がそれを押し返した。


「それは絶対に許可できない。忍びであるシキ達は気配に敏感だが、おまえさんは気配を殺す術を知らない。同じ新人でも狩人で身を潜めることが得意なエナミとは違うんだ」

「……………………」

「別の作戦ではおまえさんの力を頼りにさせてもらう。だが今回はおとなしくここで待っていろ」

「………………はい」


 言い返せずセイヤは頷いた。


「そうですわよ。戦いのことは後でわたくしが、詳しく話して差し上げますわ」


 何故か偉そうに発言したミユウに、マサオミ様が嫌な顔をした。


「え、おまえさん付いて来るの?」

「当たり前でしょう? 私は観察係なのですから」


 ミユウは胸を張った。


「昨晩も観察だと言ってモリヤの服を脱がそうとしたよな?」

「ええ。健康チェックも怠りませんの」

「モリヤ泣きそうになってたけど? っていうか、俺が止めなかったら確実に泣いてたよな?」

「感謝の涙ですわ!」


 何やってんだあいつ。アオイが憤慨してミユウに詰め寄った。


「ちょっとあんた、私の部下に何やってんのよ!」

「胸の無い女は引っ込んでて下さらない?」

「あんたよりは有るわよ! モリヤも困ってたなら何で私に言わないのよ!」

「いや、だって、情けなくて……」

「はいはい、そこまで!」

「とにかく、わたくしは戦いにも付いて参りますから!」


 マサオミ様は盛大な溜め息を吐いた。


「……置物とでも思えばいいか」

「何かおっしゃって?」

「いーえー。案内人、シキ達はどうしてる?」

『位置は変わってないよ。まだ森に居る』

「動けないんだろうな。今の奴らの戦力では俺達にも生者の塔にも挑めない。あいつら完全に詰んだな」

「だからといって放置はできない。管理人との戦いの最中に、横からちょっかいを出されるのはご免だ」

「ああ。今日こそ片を付けようぜ。みんな、出るぞ!」


 ついにその時が来た。俺はセイヤにできる限りの力強い笑顔を向けた。


「必ず生きて帰って来る。ランを頼んだぞ」

「……うん! 約束だぞ!」


 俺とセイヤは固い握手を交わした。その上にミズキも片手を乗せた。クールな彼も、すっかり気を許してくれている感じだ。


「ご武運を!」

「お帰りをお待ちしております!」

「みんな、けがしないでね!」


 居残り組に送り出されて俺達は出発した。丘の下へ行くのも久し振りだな。

 マサオミ様とイサハヤ殿が道を下りながら会話していた。


「もう煙幕で逃がしたくねぇな」

「相手の位置が確認できたら、トモハルとミズキに回り込んでもらおう。予め退路を塞いでおくんだ」


 それがいい。奴らに逃げる隙はもう与えない。


「草原に出ます。見晴らしが良くなるので気を付けて」


 トモハルがみんなに注意喚起した。案内鳥はもう居ないので、ここからは己の視力が頼りとなる。

 俺達はできるだけ身体を低くして、シキ達に見付からないように気を付けて進んだ。

 草が身体に当たってくすぐったい。だがもうすぐ森だ。

 そして俺の狩人の目は、相手よりも先にその姿を捉えたのだった。


「前方右寄り三十五度、およそ八十メートル先に人影が有ります」


 みんな俺が言った方角に目を凝らした。その地点ではまだ見えなかったようだが、みんなは俺を信じて這う姿勢になった。ミユウですら服が汚れることを恐れずに腹で這った。そして更に進むこと三十メートル。ここで全員に見えた。


「居たな。間違い無くシキ達だ。三人揃っている」

「よし。トモハルは左から、ミズキとヨモギは右から奴らの背後へ回り込め」

「はっ」


 命令を受けた彼らは中腰姿勢になって、シキ達に見られないように大きく迂回して森へ入って行った。これで準備が整った。


「そろそろだぞ。エナミ、準備はいいか?」

「いつでも行けます」


 ついにシキ達を殺せる。この手で父さんと母さんの仇討ちができる。


「キミはあくまでも後方からの援護射撃要員だ。間違っても前には出るなよ? 以前シキの斬撃の速さを身をもって知ったはずだな?」


 イサハヤ殿に念を押された。


「解っています。後ろに居ます」


 大丈夫、離れていたって俺の弓なら奴らを狙えるさ。


「へぇやっこさん、そんなに速いんだ?」

「キミには及ばない。しかし奴の剣術は変則的だ。刀に毒も塗ってあるしな。気を付けろよ?」

「あいよ」

「ミユウもだ。前に出たら巻き添えを喰らうぞ。エナミよりも後ろへ退いた方がいい」

「あら、わたくしの心配までして頂けるとは。エナミ、せっかくこう言って下さっているのですから、一緒に安全な所におりましょうね」


 そうだな。安全な場所なら落ち着いて正確に狙える。

 ああ、早く、早く戦闘の合図を出して下さい。

 早く奴らを矢で貫きたい。蜂の巣にしてやりたい。

 俺の中のもう一人の俺が、舌なめずりしていた。

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