七度目の夜(一)

「……すまねぇ、独りにしてほしい」


 セイヤの申し出を俺とミズキが即座に却下した。


「駄目だ」


 二人の声が見事に合わさった。

 第一階層からトオコの魂が去って数時間が経過し、セイヤは一見静かになったが落ち着いた訳ではない。単にもう泣き叫ぶ体力が残っていないだけで、心の中はまだグチャグチャな状態だろう。そんなセイヤを独りにはできない。

 明日の朝までの見張り番は、マサオミ様と州央スオウ勢が交代でやってくれることになった。彼らからも、セイヤの傍に居てやれと言われている。


「セイヤ、おまえは自分が思っている以上に疲弊ひへいしている。どうせもうすぐ日が落ちるんだ。今日は早めに休んだ方がいい」

「でも……俺……、眠れそうにない」

「身体を横にするだけでもいい。そのうちまぶたが重くなってくるから」


 ミズキと俺とで交互に休むようセイヤを促した。


「セイヤおにいちゃん、ランもいっしょにねたい」

『ランがここで寝るなら仕方が無い、僕も居てやるよ』

「ワオン」


 ランと鳥と狼も後に続いた。みんな地獄に落ちた初日から一緒の仲間達だ。何だかんだで、この世界へ来てからもう一週間経つんだな。


「……わかった。とりあえず寝る努力をしてみる」


 セイヤはゆっくりした動作で横になった。俺はその彼の隣で横になり、他のみんなも近くに寝転んだ。

 とはいってもすぐには眠れないだろう。泣き腫らした痛々しい目をしたセイヤに、俺は小さな声で話し掛けた。


「なぁセイヤ、地獄に落ちてからいろいろ有ったな」

「……うん」


 俺もマヒトやトオコの死が悲しい。上手い慰めの言葉なんて出て来ない。だからセイヤが眠くなるまで、他愛無い世間話をすることにした。


「俺もおまえも幸運だったよな。イサハヤ殿やミズキ、頼れる人にすぐ出会えたんだから」

「うん。俺ずっと独りでフラフラしてたら、あっという間に管理人に殺られていたはずだ」

「ランも! とりさんがおしえてくれたから、すぐエナミおにいちゃんとイサハヤおじちゃんにあえたんだよ!」

「そうだったね。ランは走るのが早くて、追い掛けるのが大変だったよ」

「あとね、かくれんぼもとくいなの!」

「そうだな、ランはいつもいい子に隠れているもんな。トオコも褒めてた……」


 喋りながら、セイヤの赤い瞳にまた涙が滲んだ。トオコの名前に反応してしまったのだ。


「セイヤは……、こんな悲しい想いをするなら、トオコと出会わなかった方が良かったと考えるか?」

「それはねぇ!」


 彼は間髪入れずに否定した。


「俺はトオコに会えて幸せだった! あんなに強く誰かを必要としたのは初めてだった! 何度泣くことになっても俺はまたトオコに会いたい!」


 俺はセイヤに微笑んだ。


「……俺もそうだ。マヒトやトオコが言ってくれたんだ、友達だって。ずっと一緒に居たいって思えた仲間だった」


 彼らを思い出すと俺の目にも涙が復活しそうになる。


「変な気持ちだ。現世の村で生活していた時はさ、地獄なんて絶対に行きたくないと思っていたのに。でもここに来たから、俺達はマヒトやトオコに会えたんだよな……。そうでなかったら二人のことを知らないまま、俺達は寿命まで生きてそして死んでいたんだ」

「そうか……そうなんだな。ホントだ、変な気持ちだ」


 セイヤが俺の意見に同調した。


「最悪な場所……。でも地獄にはトオコが居た。どっちかが極楽に行ってたら俺達は出会えなかったのか」


 ここで同じ時間を過ごさなければ、州央スオウの人達とは憎しみ合ったままだった。父さんの親友だったイサハヤ殿と和解できたのも、地獄に落ちたからなんだ。

 そう考えると、俺は地獄を最悪な場所だと思えなくなる。


「人の縁って不思議だよな。現世に居たら会えなかったはずの相手と、地獄で仲良くなれるなんてさ」

「うん……」


 ランがたどたどしい喋り方で一生懸命発言した。


「おねえちゃんいったもん、とおくにいくだけだって。ランたちもいつかはとおくへいくんでしょ? だからおねえちゃんにまたあえるの。それまでおねえちゃんはぜったい、ランたちのことわすれないよ!」

「うん……うん、そうだな……。トオコならきっと、待っててくれる……」


 セイヤは腕で涙を拭った。


「なんか眠れそうな気がして来た。案内人、トドメに昔話か童話を話して聞かせてくれよ。ランにしてるみたいにさ」

『はぁ? 眠る前のお話希望って、キミいくつ?』

「いいじゃんよ。久しぶりに童心に帰りたい気分なんだ」

『キミはいつだってガキっぽいじゃないか……』

「ランもおはなしききたーい!」

『……仕方無いな』


 ランに甘い案内鳥は簡単に承諾した。ちょろい奴だな。


『それじゃあ、定番だけれど名作を一つ』


 前置きをしてから鳥は優しい声音で話し始めた。せっかくだ、俺とミズキも静かにして聞かせてもらうことにした。


『昔々ある所に、赤い頭巾を被った可愛い女の子がおりました』

「とりさん、ずきんってなーに?」

『……そこからか。頭巾というのはね、頭全部をすっぽり覆える袋みたいな布のことだよ。まぁよく解らなかったら帽子だと思ってくれていい』

「あかいおぼうしかわいいね!」

『だね。女の子はある日、森に独りで住んでいるおばあちゃんに、パンと葡萄酒を届けることになりました』

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