紫の華(一)
俺とミズキは二人で並んで、長い時間そこに座っていた。俺の体内時計が正しいのなら、そろそろミズキの見張り時間が終わりに近付いている頃だ。
「次の当番は誰か判るか?」
「いや、聞いてないな」
「交代者が来なかったら俺が代わるよ。ミズキは休んでくれ」
「……おまえが残るのなら俺もここに居る」
「仲がよろしいですわねぇ」
「うおっ!?」
ミユウが背後に立ちニタニタ俺達を見下ろしていた。
「……あんたさ、気配を消して近付くのやめてもらえるかな?」
「あぁら、やましいことが無ければビクつかなくても大丈夫ですのに」
そう言ってミユウはミズキの隣に腰を下ろした。ミズキが反発した。
「俺に付き纏うなと前に言ったはずだが?」
「ではエナミの隣に座りましょうか?」
「……ここに居ろ」
「もう、ホントにエナミには過保護ですのね。わたくしにはそっけないのに」
俺はミユウに対して気に掛かっていたことを聞いた。
「なぁミユウ、なんであんたはそんな話し方をするんだ?」
「あらあらあらエナミ、あなたも男は男らしく、女は女らしくあるべきと決めつける差別主義者ですの?」
ミユウは蔑みの目を俺に向けた。
「ご自分の価値観が世の中の全てなどとは思わないことですわ」
そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。
「ええと、ミユウは女が好みそうな服を着ているが、心の中まで女なのか?」
「それは違いますわね。ただ美しいものが好きなだけです。無骨な鎧よりもこちらのドレスの方が、わたくしに似合うと思いませんこと?」
「うん、それは別にいいと思う。実際似合ってるし」
「え、あ、あら……。ありがとうございます」
褒められるとは思っていなかったのか、ミユウは珍しく動揺する素振りを見せた。
「でもあんた以前、男だとバレた時に低い声で喋ったよな? 案内人がランを助けた時も。あの声の方があんたの素じゃないのか? 性格だって」
「それは、まぁ……。体は男ですし声変わりもしてますからね。でもわたくしフリルやリボンが大好きですの。可憐なこの格好には、高めのこの声の方が相応しいでしょう?」
「それこそ決めつけじゃないのか?」
「え……?」
ミユウは青い瞳をまたたいた。
「女らしい格好だからって、女らしい声を無理して出す必要は無いよ。着たい服を着て、素の声のままでもいいじゃないか。それがあんたにとっての自然な姿なんだから」
「……………………」
ミユウはしばし俺の顔を見つめた後に、男の低い声で言った。
「そんな風に言われたのは初めてだ」
そして怪しげに微笑んだ。
「ふん、無自覚な人たらしか。おまえは危険な奴だな、タチが悪い」
タチが悪い? どういう意味だと俺が抗議する前に、ミズキが頷いてミユウの言葉を肯定した。
「俺も常々そう思っていた」
「やっぱミズキもたらしこまれたクチか。まぁ毎回こんな調子で囁かれたら落ちるわな」
「無自覚な所が大問題だ。エナミは無防備過ぎるんだ。イサハヤ殿はもちろん、最近はモリヤとも仲がいい。トモハルも何だかんだで構って来るし……」
「マジか。モリヤは俺も狙ってたんだが」
??? 彼らの言っていることの意味が解らない。どうして出て来る名前が男性陣ばかりなんだよ。俺が男にモテるとでも言いたいのか?
「あのさ、俺は村の男達に嫌われまくっていたぞ?」
俺の否定を即座にミズキが訂正した。
「それはそいつらが優秀なおまえに劣等感を抱いていたからだ。劣っていたとしても努力を続け、自分の生き方に誇りを持っている者は素直におまえを認める。だからセイヤはおまえの親友になれた」
「あ~、解るわ~。俺もさぁ、ガキの頃から優秀だったから嫉妬されまくったんだ。そっかー、エナミも苦労して来たんだなー」
ミユウは何故か俺に満面の笑みを向けた。
「よし、エナミ。おまえとミズキの前では素の俺でいてやるよ」
いや、別に頼んだ訳じゃない。
「だが他の奴らの前ではこれまで通り女言葉で通すぞ? お嬢様風に喋るの案外面白くてな。おまえも一度やってみてみ? 新境地が開拓できるかもしれませんことよ。ウフフ」
やっぱりミユウは変な奴だった。
呆れている俺の耳に誰かの足音が聞こえた。見張りの交代に来たのかと振り返ると、そこには青白い顔をしたトオコが居た。
いつもの堂々とした彼女では無かった。その佇まいはまるで幽霊のようだった。
「エナミ、良かった。見つけられた……」
トオコは嬉しそうに、しかし弱々しく笑った。
「トオコ、あんた更に顔色が悪くなっているぞ? 休んでいないのか?」
「ううん、ちゃんと休んでる。でも身体のだるさがどんどん酷くなっていくの……。だからこれは、たぶんそういうことなんだと思う……」
そういうこと? 俺が理解するよりも早くトオコがよろめいた。
「危ない!」
俺は即座にトオコを受け止めて地面に倒れるのを防いだ。
「ウフフ……、失敗失敗。でもまたエナミにギュッとしてもらえたからいっか……」
「トオコ、あんた……」
とてつもなく嫌な予感がした。トオコが俺の考えた、正にそれを告げた。
「どんどん身体の力が抜けていってるの……。きっと、現世のアタシの身体に限界が来たんだわ……」
俺とミズキは顔を見合わせた。
「ミズキ、セイヤを呼んで来てくれ! 東の方に居るはずだ!」
「俺が呼んで来てやる。ミズキもそいつの傍に居な!」
ミユウが立ち上がり東方向へ駆けて行った。
「あれ、あの人って実はイイ人……? アタシ誤解してたかなぁ……?」
俺の腕に伝わるトオコの体温がとても低い。
「エナミにね、お願いが有って来たの……」
彼女の願いなど一つしかない。
「セイヤのこと、気を付けて見てあげて……。あの人、マヒトのことで自分を責めて、ここでアタシが死んだらもっと苦しんじゃう……。独りで居たら壊れちゃうから……」
「一緒に居るから! あいつが立ち直るまでずっと! だから今は無理をするな!!」
俺が再び約束し、ミズキも続いた。
「俺も居る。何ができるか分からないが、近くであいつを見ていよう。セイヤは大切な仲間なんだ」
「ありがとう……二人共……」
トオコの声から力が失われていく。今だけじゃない、彼女はずっと調子が悪かったんだ。さっき会った時だって顔色が良くなかったじゃないか。だのに俺はそれを、ノエミにやられた当て身のダメージが抜け切っていないせいだと思っていた。なんて間抜けなんだ。
セイヤ、早く来てくれ! 早く!!
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