疲労した心(二)

真木マキさん、エナミも連れて行こうや。なぁに、こいつは射手だ。最後方に配置すれば危険はねぇよ。俺達が面倒見てやればいい。それに……」


 マサオミ様は俺に向かって片目をつむった。


「もしもエナミが我を失って味方まで襲うようになったら、その時は俺が終わらせてやるよ。前に約束したもんな?」

「あ……」


 もしも俺が管理人になってしまった時には、マサオミ様が止めてくれると言っていた。あの約束か。


「おい、それはエナミを斬るという意味か!?」

「そうさ。俺はそれだけの覚悟を持ってここに居る。エナミだってそうだ。後はあんただけだぜ、真木マキさん」

「……………………」


 イサハヤ殿は腿の上に置いていた両拳に力を込めた。


「……解った。キミの参戦を許可する。今は休んで心と身体を落ち着けよ」

「はい! ありがとうございます!」


 俺は深く頭を下げて、それから二人の元を立ち去った。


(セイヤの元へ行こう。確かランやトオコと一緒で東の方角だったよな?)


 俺は丘の上をセイヤ達を捜して歩いた。いつも俺を気に掛けてくれる優しい幼馴染。あいつがマヒトのことで自分を責めているのなら、今度は俺が支える番だ。

 彼らは三人と一匹と一羽で固まっていたので目立ち、すぐに見付かった。

 近付いて普通の音量で声を掛けようとしたが、トオコが自分の唇に人差し指を当てて止めた。見ると、ランがヨモギにしがみ付いて寝ていた。可哀想に泣き疲れてしまったのだろう。

 俺は小声になった。


「セイヤ、向こうで二人で話さないか?」


 しかしセイヤは俺の顔も見ずに頭を左右に振った。見兼ねたトオコがフォローしてくれた。


「エナミもこう言ってくれていることだし、セイヤ、少し気分転換をした方がいいわ」


 それでもセイヤは頭を振って俺を拒絶した。


「すまねぇ、今はおまえを見たくないんだ。おまえを見てると自分が惨めになって来る」

「惨め? 何でそんな……」

「おまえもミズキも立派に戦ってる。それなのに俺ときたら、現世でも地獄でもみんなの足を引っ張ってばかりだ」

「それは違う。おまえの遠方射撃で俺達は何度も助けられた。戦い以外のことだって……」

「エナミ、頼む!」


 セイヤは俺の主張を遮った。


「頼むから、今は俺の前から去ってくれ…………」

「セイヤ……」


 今はそっとしておいた方がいいのだろうか? 彼を気遣うトオコの顔色も悪かった。


「トオコ、あの女にやられた所は大丈夫か? 痛むのか?」


 トオコははかなげに笑った。


「アタシは大丈夫。ありがと」

「そうか。じゃあ俺は行くよ。セイヤもトオコも、俺にできることが有ったらすぐに呼んでくれ」


 ノエミを前に自分を見失った俺が、偉そうに何を言うんだろうな。でもトオコは言ってくれた。


「うん。アタシはエナミを頼りにしてる。何か有ったら全力でおぶさるから覚悟しててね」


 俺は思わず笑って、おかげで少し気持ちが軽くなった。本当にイイ女だよなこいつ。

 トオコに手を振って、俺はその場を後にした。


(次は何処へ行こう……)


 そう考えながらも、自然に足は彼の居る場所へ向かっていた。俺は彼を避難場所のように思っているのだろうか?


「エナミ……」


 見張りをしていたミズキは俺の足音に気づいて振り返った。そして座っている自分の隣の地面を手でポンポン叩いた。並んで座れという意味だろう。

 お言葉に甘えて、俺はミズキの隣に腰を落ち着けた。崖下に広がる景色を見ながらミズキが尋ねた。


「イサハヤ殿はおまえに何を言った?」

「明日の討伐隊から俺を外すって。マサオミ様が助勢して下さったから参加できることになったけど」

「……そうか」


 俺は空の雲を眺めた。あの何処かにマヒトが居るのだろうか? もう彼はマヒト以外の者になってしまったのだろうか?


「ミズキも、俺は戦わない方がいいと思うか?」

「正直に言えば、そうだ」

「……だよな。気持ちの上がり下がりが激しい人間と共闘するのは怖いよな。でも俺、自我を保てるように気を張るから。みんなの邪魔はしないから!」

「そうじゃない」


 ミズキは溜め息を吐いた。


「イサハヤ殿も俺も……、いやイサハヤ殿はどうでもいい」


 いいのか。


「俺はおまえが心配なんだ。おまえが……いつか壊れてしまいそうで」


 セイヤにも初陣以降、何度も心配させたっけな。喜んで人殺しをする俺を見て怯えていた。


「ミズキ……、俺はきっとさ、二歳の時に一度心が壊れかけたんだ」


 何も出来なかった幼い俺。戦い方を知らず力も無かった俺。本当は母さんと姉さんを守りたかった。あいつらを倒したかった。

 そうだ。俺はずっとシキ達を殺したかったんだ。

 でも機会が無かった。だから俺の殺戮さつりく本能はしばらく眠っていた。


 それがカザシロの戦いで目覚めた。俺は知った、人殺しなんて簡単なんだと。あの付き纏う高揚感の理由がやっと判った。人殺しが出来るほどに成長した自分が嬉しかったんだ。


「俺はシキ達を殺したい。それも残虐な方法で。できるだけあいつらを苦しめたい」


 俺は視線を雲に定めたままミズキに聞いた。


「これが今の俺の本心だ。軽蔑するか?」


 自分で言っておきながら恐れた。彼に非難されることを。


「……いや」


 ミズキは静かな口調で答えた。


「それがおまえの望みならそれでいい。軽蔑なんてしない。だが……」


 だが……? 俺は不安な気持ちで次の言葉を待った。


「苦しくなったら言え。何が有っても止めてやる」

「!………………」


 俺は胸がいっぱいになった。泣きたい訳でも、甘ったれな自分が恥ずかしい訳でもない。ただ胸が温かい。この気持ちは何なのだろう?


「俺は、あの……」


 何かを伝えたいのに、その何かがハッキリせずもどかしかった。


「あの……ありがとう」


 結局、感謝の気持ちを伝えることしかできなかった。本当はもっと言いたいことが有るはずなのに。

 ミズキは何も言わずに、座っている距離を少し詰めた。お互いの肩と腕が触れたが、彼はそのままでいた。少し照れたが、俺もそのままでいた。


 雲が流れて行く。

 会話は無くなったが俺達は寄り添うように、数時間の見張り番を過ごした。

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