疲労した心(一)
俺達は丘の上で長らく立っていた。しかしマヒトの魂が戻って来ることはついに無かった。
セイヤとランの精神状態が限界に見えたので、モリヤとヨモギが付き添って、彼らを離れた場所で休ませることになった。
アオイは気絶させられたトオコの様子を見に行った。
残った面々には特にすることが無かった。広場に座ってマサオミ様とイサハヤ殿の会話をぼんやり聞いていた。
シキの隊は放っておくと後々面倒なことになりそうなので、明日の早朝こちらから出向いて全滅させることが決まった。以前出た結論と同じだな。
そうこうしている間に、アオイとモリヤが二人で俺達の元へ戻って来た。
「ご苦労さん。あいつらの様子はどうだった?」
マサオミ様の問い掛けに、まずアオイが答えた。
「トオコの身体は大丈夫そうです。意識が戻ってから簡単に事情を説明しました。今はヨモギと一緒に、セイヤとランに付き添ってくれています」
「そうかい。ま、セイヤにとってもランにとっても、あの嬢ちゃんは家族みたいなもんだからな。しばらくトオコに任せるか」
モリヤも発言した。
「それで、ランについてなんですが……、現世の彼女の身体は、
「あん?
「はい。所々聞き取れた部分を繋げて、俺なりの解釈を加えた上での推論なので間違っているかもしれませんが……。家出したランは一時間以上も歩いて、カザシロ平原まで行ってしまったようなんです」
「おいおい、現世のカザシロ平原って、
マサオミ様が珍しく
「家出の理由についてはよく判らないんです。お母さんを捨てちゃったって泣くばかりで……」
俺が補足を入れた。
「ランは母子家庭なんですが、日常的に母親から暴力を受けていたそうです。盗みまで強要されていたとか。それでも母親を愛していたけれど、ついに限界が来てしまったのでしょう」
アオイが憤慨した。
「何よそれ! ランはその罪で地獄に落ちたってこと!? ウチは貧乏だけど、親は子供に犯罪なんてさせなかったわ!」
「滅入って来る話だな。あんな小さなガキが家出するほどに追い詰められたのか」
モリヤが説明を再開した。
「カザシロ平原に到着したランは、鎧を着た兵士を中心に結成された
イサハヤ殿が複雑そうな表情をした。
「……鎧を来た兵士とは私のことだろうな。あの時は森で
「それで森に隠れていたランですが、いつの間にか煙に囲まれて身体が動かなくなったそうです」
「放火の煙は、ランの元まで届いていたのか……」
「ですが意識を失いそうになった時、赤い服を着た誰かが近付いて来たと言っていました」
「それはきっと撤退中の
幼いランも優先的に医療処置を受けられたのかもしれない。なら当面の間はランも無事でいられるのか? 今回のように地獄で危険な目に遭わなければ。
だがシキ達はまたやって来るかもしれない。拠点を変えるよう進言してみようか? 以前の山に戻るとか。
……いや駄目だ。あそこは木が多過ぎる。それこそ放火されたら逃げ場が無くなる。
やはりこの丘が拠点としては一番適していると思った。ならば丘を二度と戦場にしないことだ。
「そうか、ご苦労だった。アオイとモリヤはしばし休憩せよ。トモハルとミズキは見張りに立ってくれ」
イサハヤ殿が指示を出し、
「あの、エナミは……?」
ミズキが名前の挙がらなかった俺を気にした。
「エナミには少し話が有るので残ってもらう」
「わりぃがミズキ、こいつは俺達に任せて今は見張りに専念してくれ」
「はい……」
ミズキは一度俺の方を振り返ってから、トモハルとは別の見張り場所へ向かった。アオイとモリヤとそしてミユウも、気を利かせて俺達から離れて行った。
残された俺は、大将二人を前にして居心地の悪さを感じた。
「まぁ楽にしな、しかる訳じゃねえんだから」
マサオミ様が苦笑してイサハヤ殿に目配せした。
「
「ああそうだ。エナミ、明日の戦いにはキミを連れて行けない」
「!」
イサハヤ殿に単刀直入に言われた。が、俺は従えなかった。
「相手方には射手が居ます。こちらも遠距離攻撃型の兵士を組み込んで編成しないと不利になります。マヒトが去り、セイヤが戦える状態でないなら俺しか居ません。俺の矢で相手を牽制してみせます!」
大将二人に逆らうのは勇気が
「俺もそれがいいと思うな」
意外なことに、マサオミ様が俺を支持してくれた。
「エナミは強い。これ以上一人の犠牲も出さずにシキ達と決着を付ける為には、エナミの弓が必要不可欠だ」
「しかしマサオミ、キミも見ただろう? 今のエナミは普通ではない。無理をさせて戦闘に参加させれば死を招きかねない!」
普通じゃないか。俺の普通って何だろうな?
「……それでも俺は行きます。たとえ命令に背くことになったとしても」
俺はイサハヤ殿の目を真っ直ぐに見た。
「自分の手で決着を付けなければ、この目であいつらの死を見届けなければ、俺は前に進めないんです」
「エナミ……」
「お許し下さい、俺はここで悪夢を終わらせたいんです」
イサハヤ殿は唇を噛んだ。彼が俺を心配してくれているのは解っている。だけどこれだけは譲れないんだ。
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