意外な訪問者(三)

 俺達は丘の北側、イサハヤ殿の元へ到着した。トモハルに、何故かミユウもここに居た。

 敵方の女を見てギョッとしたトモハルが、寝ているイサハヤ殿の前へ出て彼を守ろうとした。


真木マキさん、具合はどうだ?」

「大事無い。マサオミ、彼女はシキの隊に居た者だな?」

「俺は初対面だがそうみたいだな。この姐さん、エナミに話が有るとかで隊抜けして来たんだとさ」

「エナミに……?」


 怪訝な表情のイサハヤ殿は上半身を起こした。その左横にマサオミ様が胡坐あぐらを掻いた。右側にはトモハル。女が具合の悪いイサハヤ殿に手を出そうとしても、左右の二人に阻まれるだろう。


「女はその位置に座らせろ」


 三人から二メートルほど離れた場所に女は座った。そして俺達も彼女を半円で囲む形で座った。


「ミズキ、抜刀を許す。女が妙な仕草をしたら即座に切り伏せろ」

「はっ」

「さて、待たせたな姐さん。まずは名前を聞いておこうか。俺は桜里オウリ上月コウヅキってモンだ」


 女は軽く頷いてから名乗った。


「私はノエミと申します。勇将と名高い上月コウヅキ司令までこちらにいらっしゃったとは……」

「んで? エナミに伝えたいこととは何だ?」


 ノエミと言う女はチラリと俺を見てから、尋問官であるマサオミ様に視線を戻した。


「エナミの姉は生きています」

「!?」


 ノエミが発した短い言葉。しかしそれは鋭い槍となって俺に突き刺さった。


「キサラか!? 彼女が生きているのか!?」


 俺よりも先にイサハヤ殿が反応した。


「はい。我々の組織で戦士としての教育を受けています」


 続いた言葉に意識が飛びそうになった。


「何だと!? おまえ達、あの子を忍びにしたのか!?」

「連隊長、興奮なさってはお身体に障ります!」


 ノエミに殴り掛かりそうなイサハヤ殿を、トモハルが両手で押し留めた。マサオミ様も柔らかい声音で諫めた。


真木マキさん、そしてエナミ、今はこらえてくれ。取り敢えずは最後まで話を聞いて、それから真偽のほどを追及しよう」

「……そうだな、すまない」

「よしノエミ、どうしてそうなったのか全部聞かせてもらおうか。最初から順序立てて話せ」

「はい……」


 ノエミは左手に座る俺を見た。


「エナミ、あなたは覚えているのかしら? ……お母様が亡くなったあの日のことを」

「それは俺の家が燃えた、あの日のことか……?」

「ええ……」

「……覚えていない」

「そう。十五年くらい前の話だものね。あなたはまだ小さかったのでしょうね」


 ノエミは憐れみの視線を俺に向けた。そんな目で見るな。やったのはおまえ達だろう。

 俺の思考が伝わったのか、ノエミは頭を左右に振った。


「私は現場には行っていないの。当時はまだ訓練中の新人だったから。あの日のことは、キサラを連れ帰ったシキから聞いたの」

「シキ。おまえ達の隊長だな?」


 シキと戦ったイサハヤ殿が尋ねた。ノエミは彼に向き直った。


「はい。ですが十五年前のシキは下っ端の構成員に過ぎませんでした。あの日、シキは当時の隊長を含む四人の先輩隊員と一緒に、騎崎キサキイオリの家へ向かったのです。彼を抹殺する命を受けて」

「命令を出したのは京坂キョウサカか?」

「そうです。情報ではその日イオリは休暇を取っていて、娘の誕生日を祝う為に家に居るはずでした」


 娘の誕生日……。姉さんか?


「家族が揃っている日を狙ったのか?」

「イオリは凄腕の狙撃手です。兵団出身なので近距離戦の訓練も受けています。まともに戦ってはこちらにも大きな損害が出てしまう。家族が居れば動きが鈍ると隊長は考えたのでしょう」

「ゲス野郎が……」

「しかし隊員が家に踏み込んだ時、イオリは家に居なかったのです」


 家に居なかった父さん……。何処に?


「家に居たのは無防備で無力な妻と子供達だけだったそうです。そこで隊員達は……欲望のまま、残虐な行いをしてしまったのです」


 欲望のままに残虐な行いを……。 

 口の中が乾いていた。目の周りの筋肉がピクピクと勝手に動いた。

 姉さんの誕生日。居なかった父さん。やって来た見知らぬ男達。そしてシキのあの口調。


(知っている……?)


 ノエミに聞かなくても俺はこの先を知っていた。幼い頃から繰り返し、繰り返し悪夢で見てきた。

 そうだ、俺は知っている。目覚めた時に忘れていた嫌な夢。それはあの出来事の記憶だったんだ。


「あああああああ!」


 凄まじい頭痛に襲われて、俺は叫んだ。


「エナミ!」


 傍に居たセイヤが頭を抱える俺を抱きしめた。


「こいつ駄目です、昨日倒れたばかりなんですよ、休ませてあげて下さい! 家族が殺された話なんか聞かせないで下さい!!」

「マズかったか……。セイヤとモリヤ、エナミを離れた場所まで連れて行き休ませろ」

「……大丈夫です」


 俺を担ごうとした二人を止めた。そしてかすれ声で言った。


「俺は大丈夫。もう、全てを思い出しましたから……」

「エナミ……」


 頭の痛みが和らいでいった。この頭痛は、記憶の伝達を拒絶した時に起きるのだと判った。もう俺は逃げない。覚悟を決めた俺は痛みから解放された。


「あの日のこと、父さんのこと、全てを思い出したんです」

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