意外な訪問者(二)

「エナミ、私を父と思えなどとおこがましいことは言わない。ただキミは、周りにもう少し甘えてもいいんだ」

「イサハヤ殿……」


 いいのか? ずっと独りで身の回りのことをやってきた。大抵のことはできた。父さんが仕込んでくれたから。できるんだから、人に頼ってはいけないと考えていた。


「ご迷惑じゃ、ないんですか……?」

「迷惑なものか」


 イサハヤ殿の温かい笑みに全てを委ねたくなった。

 だが本当にそれでいいのだろうか? 俺はもう子供じゃない。自分の人生には自分で責任を持たなければならないのでは?


「ありがとうございます、とてもありがたいお話です。でももう少し、俺、自分について考えてみます」

「分かった。返事は急がなくていい。私はいつまでも州央スオウでキミを待つ」


 後ろ髪を引かれたが、イサハヤ殿の手の中から自分の手を抜いた。

 俺がイサハヤ殿と一緒に親子のように暮らす。そんな未来も有るのか。


「どうか、ゆっくり休んで下さい」


 そしてイサハヤ殿の元を立ち去った。……つもりだったが、数歩進んだ大樹の陰にトモハルが居た。


「うおっ、あんた居たのかよ!?」

「あたりまえだ、私は連隊長の側近だ! 具合の悪い連隊長をお一人にできるか!」

「ええと、俺とイサハヤ殿の会話は聞こえていた?」


 トモハルは答えず、横を向いて前髪を揺らした。


「エナミ、連隊長は誰にでも優しいのだ」

「……はい?」

「だから少し親切にされても、妙な勘違いはしないように」


 相変わらず面倒臭い男だ。

 トモハルを無視して行こうかとした時、ヨモギがワオォォォォン! と遠吠えした。


「何だ!?」

「俺が見て来る。トモハルさんはイサハヤ殿の傍に居てくれ!」


 俺はヨモギの元へ走った。先にミズキが着いていた。


「ヨモギ、ミズキ、どうしたんだ!?」

「下を見ろ。一人丘を登って来る。俺の目にはよく判別が付かないが、エナミはあれが誰だか判るか?」


 俺は山道へ目を凝らした。あれは……。


「さっき戦った連中の一人、女だと思う」

「針を投げて来たあいつか」

「案内人、来てくれ!」


 俺は案内鳥を呼んだ。鳥は遠くに居たが、俺の声を聞いたアオイが再度声を上げ、次にマヒトといった具合に、伝言ゲーム風に呼び掛けの声は鳥まで届けられた。

 すぐに鳥は俺の元までやって来た。別の場所で見張りをしていたマサオミ様もこちらへ歩いて来る。


「案内人、質問だ。あの女は一人か? 仲間達も近くに居るのか?」

『……いや、他の連中は森林地帯で休んでいる。一人だけなら何とかなると思って、だから放っておいたんだ』


 鳥は女の行動を把握していたか。では目的は?


「女が一人で丘に来た理由が判るか?」

『判らない。彼らは監視を恐れているみたいで、声を出して会話することをやめてしまったんだ。今は指を使ってお互いに合図を出し合っている。僕にはその合図の意味が判らない』

「指……、手話か」

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。女一人だからといって油断するなよ?」


 到着したマサオミ様に言われて、俺達は気を引き締めた。アオイにモリヤ、マヒトも合流した。


 丘を登り切った女は俺達の姿を確認した後、両手を頭の高さまで上げて戦う意思が無いことを示した。


「そこで止まれ! 隊長の指示で来たのか?」


 マサオミ様に問われた女は、手を上げたまま答えた。


「いいえ、自分の意志で隊を抜けて来ました。そちらに居る騎崎キサキエナミに話したいことが有るのです」

「俺……?」


 名指しされた俺をみんなが見た。


「それは何だ?」

「話せば長くなります。近付いても宜しいですか?」

「それは駄目だ。そのまま止まっていろ」


 マサオミ様は抜刀した。そして女に歩み寄り、切っ先を女の首筋に当てた。


「少しでも動けば首を刎ねる」

「……お好きなように」


 女は修羅場に慣れているのか、刀を突き付けられても動じなかった。


「アオイ、こいつの身体をあらためて武器を全て外せ」

「はいっ!」


 呼ばれたアオイは真っ先に、女の腰に有った短刀を外した。


「アオイ、その女は針のような暗器を持っている。指を刺さないように気を付けろ」

「大丈夫よミズキ、私も投げられたから知ってる。……これね」


 無数の針を収納できるポケットが、服の裏地に縫い付けてあったようだ。


「悪いけど、切り取らさせてもらうわね」


 アオイは女の短刀を使って、ポケットが付いた裾部分を切り取った。この世界では時間が経てば服も武器も元に戻るが、今は取り敢えずこれで安心だな。

 俺はそう思ったのだが、マサオミ様は更に指示を出した。


「エナミ、おまえさんのハチマキをアオイに渡せ。アオイはそれで女を後ろ手に縛るんだ」

「はい」


 徹底して女は無力化された。そうだな、女は味方殺しの隠密隊の一員なんだ。どれだけやっても厳し過ぎるということは無い。俺も同情はしないことに決めた。


「いいだろう、付いて来い」


 マサオミ様は刀を鞘に戻して歩き出した。イサハヤ殿が居る方向だ。彼にも話を聞かせるつもりなのだろう。

 俺達は縛られた女を囲んでマサオミ様の後を追った。途中で心配そうな眼差しを向けるセイヤ、トオコ、ランに出会った。


「……あんなに小さな子供まで居るんですか」


 女がランを見て感想を述べた。マサオミ様が軽く舌打ちをした。


「トオコ、ヨモギを連れてランと一緒に向こうへ行っていろ。決してこの女にランを近付けるな。セイヤは付いて来い。これから女を尋問する」

「は、はい」

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