意外な訪問者(一)

 セイヤと一緒に数時間弓を引き続けたら流石に両腕が痛くなってきた。仲間たちを見るとチラホラ休憩を取り始めている。


「セイヤ、俺達も少し休もう。やり過ぎると筋を痛める」

「ああ」


 精密射撃はまだ苦手なようだが、セイヤは飛距離の面で既に俺を超えていた。俺が見ていない間にも、独りで遠方射撃の練習に励んでいたのだろう。努力家な奴だから。


「あの、あのな、エナミ……、俺な」


 弓を下ろしたセイヤが口ごもった。


「何だよ?」

「あの、俺、トオコと……」


 彼は上半身をモジモジクネクネさせた。この気持ち悪い動きには既視感が有った。ああ、トオコもそうだった。察した俺はこちらから切り出した。


「トオコと結ばれたんだってな、おめでとう」

「!?」


 セイヤは顔色を茹でダコよりも赤く変えた。


「し、知っていたのか!?」

「トオコが教えてくれた。世界一幸せだって」

「世界一、幸せ……」


 セイヤは顔を一瞬ニヤけさせたが、すぐに引き締めた。


「あの、おまえもトオコと親しいようだったから……。もしかしてトオコに惚れているのかもって……」


 俺は溜め息交じりに尋ねた。


「もしそうだとしたらどうする気だ? 俺にトオコを譲るのか?」

「いや、それはできねぇ! 俺は本気でトオコを好きなんだ、誰にも渡さない!」


 即答したセイヤに俺は笑顔を向けた。


「だったら余計な気を回すなよ。安心しろ、俺はトオコが好きだがそれは友達としてだ」


 セイヤは分かり易いほどに安堵の笑みを浮かべた。


「そっか……」

「ほら、せっかく空き時間ができたんだからトオコの傍に行ってやれよ。きっとおまえに逢いたがっている」

「うん! じゃあまた後でな!」


 子供のようにはしゃいで駆けて行くセイヤを見送った後、俺はイサハヤ殿の様子が気になって見舞いに行くことにした。

 イサハヤ殿は丘の涼しい北側で横になっていた。


「お、エナミ……」


 イサハヤ殿は立ち寄った俺に笑い掛けてくれたが、声にいつもの張りが無かった。顔も少しだけ赤い気がした。


「すみません、失礼します」


 俺は手袋をしていない左手の平を、イサハヤ殿の額に添えた。


「……お熱が有りますね」

「微熱だよ。やはり刀には毒が塗ってあったようだ。だがこの程度で済んでいるということは、毒の排出が上手くいっているという証拠だ」

「それでも無理はなさらないで下さい。あなたは州央スオウの良心で希望なんです」


 額から戻そうとした俺の左手を、イサハヤ殿の右手が握りしめた。


「それはキミにとってもそうなのか? 州央スオウ騎崎キサキエナミ」


 ハッとした。そうだ、俺は本当は州央スオウの国民なんだ。


「現世に戻った後、キミはどうするつもりなんだ?」

「俺は……、とにかく戦争を生き抜いてセイヤと一緒に村へ帰るつもりでした。でも俺は州央スオウの人間なんですよね? 桜里オウリで暮らす権利が有るのでしょうか……?」


 徴兵されたのだから桜里オウリの住民票は有るはずだ。だけど逃亡者である俺達親子に、居住権がすんなり与えられたとは思えない。きっと父さんは書類を捏造したのだ。出身地や父さんの年齢を変えて別人に成りすました。名字を捨てておきながら、下の名前を変えなかった理由は判らない。


桜里オウリのエナミ。それが俺の持つ唯一の財産だったのに、桜里での俺の身分は、噓で塗り固められたものだったんですね……」


 嘆いた俺の手を、イサハヤ殿は更に力を込めて握った。


「すまない、キミを苦しめるつもりは無かったんだ。ただ、私は……」


 イサハヤ殿は苦悩の表情を浮かべた。


「イオリが失踪してから、ずっと私はキミ達親子の身を案じていた。例えもう会えないにしても、遠い地で幸せに暮らしていてくれたらそれで良かった。だがイオリは死に、再会したキミはこうして大きな悲しみの渦の中に居る」

「イサハヤ殿……」

州央スオウの情勢は最悪で、私の立場も不安定だ。しかし私は必ず京坂キョウサカの野望を打ち砕き、州央スオウに平和を取り戻してみせる」


 俺は頷いた。きっとこの人ならできる。


「そして情勢が安定したら、エナミ、州央スオウへ来て私と暮らさないか?」

「え……」


 突然の申し出に俺は混乱した。


「俺を保護して下さるということですか? どうして俺にそこまで? 父さんの死はあなたの責任ではありませんし、俺ももう成人していて子供ではありませんよ!?」


 イサハヤ殿はプッと噴き出した。


「……失礼。そうだな、キミは成人している。しかし二歳の時に別れたせいか、私の中でキミは幼い子供の印象が強いんだ。地獄で再会した時も崖から転げ落ちて来てボロボロで、つい守ってやりたいと思ってしまった」

「あの時のことは忘れて下さい……」

「つれないな。現世でキミに討たれて、地獄では目の前に転がって来て、私はキミとの再会を運命だと感じたのに」


 イサハヤ殿は綺麗な流し目で俺をからかった。青眼の貴公子はまだまだ健在だな。


「エナミ、キミは親を亡くすには早過ぎた。イオリの死後、親の愛情を欲したことは無いのか?」


 この質問にはギクリとさせられた。答えは「有る」だ。


 セイヤの両親は親切にしてくれた。しかしそれはあくまでも、息子の友達として。セイヤのついでに世話を焼いてくれたのだ。それだけでも充分だろうに、俺は欲深かった。

 誰かのついでではなく、俺個人を愛してくれる親が欲しかった。大人からの愛に飢えていた。

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