過去からの刺客(四)

「…………」


 飄々ひょうひょうとしていたシキが珍しく、悔しそうな表情で俺を睨んだ。そうだろう、イサハヤ殿を倒せるかもしれない千載一遇せんざいいちぐうの好機を、俺に邪魔されてしまったのだから。


「……糞ガキが。名前は何だ」

騎崎キサキエナミ。おまえ達に殺された、騎崎キサキイオリの息子だ!」


 俺は怒鳴るように名乗った。頭痛が酷くなってきたが痛みなんかに構っていられない。目を丸くして俺を凝視するシキへ向かって数歩近付いた。


「エナミ……。騎崎キサキエナミ……」


 次は外さない。あいつに必ず矢を的中させてみせる。


「確かに情報に有ったイオリのガキの名前だ。……アハハ、そうか、あの時の坊主か! 随分と立派になったもんだなぁ!」


 俺はつがえた矢の照準をシキに合わせて聞いた。


「あの日、何が有ったのか全てを話せ」


 シキはくっくと笑った。


「知りたいのか? やめておけよ。自分の母親が凌辱されて殺された話なんか聞きたくないだろー?」

「!」


 頭に血が上り、俺は感情のままシキに矢を放っていた。それは簡単にかわされ、急接近して来たシキの刀が俺に襲い掛かる。


「エナミ!」


 イサハヤ殿が俺の名を叫んだ。殺られる、そう思った瞬間、ドン! という衝撃と共に俺は横に突き飛ばされた。シキの刀は空を斬った。

 ヨモギだ。彼は俺を体当たりで救った後、唸り声を上げてシキを威嚇した。


「くそっ、獣まで居やがるのか!」


 形勢不利を悟ったシキは懐から直径五センチ程度の丸い物体を取り出し、地面に叩き付けた。途端に上がった色付きの煙が周辺を隠した。煙幕えんまくだ。


「撤退だ!」


 シキの声と共に奴の仲間達が逃走し始めた。


「逃がしちゃ駄目よ!」

「駄目です分隊長、何も見えません!」


 煙の臭いでヨモギの鼻もやられた。追跡は難しかった。


「追わなくていい! 煙が晴れるまで自分の身を守ることに専念しろ!」


 イサハヤ殿が号令を掛けたので、俺達は周囲を警戒しつつその場に留まった。

 畜生、畜生、畜生。家族を殺した相手がすぐ傍に居たのに! 俺は何もできなかった。仇を取るどころじゃない、ヨモギが居なかったら俺が殺されていた。

 なんて俺は無力なんだ……!

 俺は屈んで命の恩人であるヨモギを抱きしめた。ヨモギは鼻をピスピス鳴らして俺にすり寄った。


「エナミ、近くに居るか? 大丈夫か?」

「大丈夫だ。あんたはどうだ? 怪我はないか?」

「俺は無傷だ」


 俺とミズキは煙の中で互いの無事を確認し合った。

 数分掛けて徐々に煙が薄まり、やがて俺達の視界がクリアになった。


「エナミ……」

「大丈夫、煙が少し目に入っただけだ」


 俺は目をこすって涙の跡を消した。


「連隊長!? やられたのですか!?」


 トモハルの大声で振り返った俺は、腕から大量の血を流しているイサハヤ殿を見て驚いた。すぐに彼の傍へ駆け寄った。


「そんな、浅い傷だったはずなのに!」


 シキの刀は確かにイサハヤ殿を捉えたが、刀のほんの先がようやく触れた程度だったのだ。


「案ずるな二人共。私が自分で傷口をえぐったのだ」

「な、何故そんなことを!?」

「あいつらは隠密隊だ。忍びは武器の先に毒を塗ることが多い。全員覚えておけ」


 イサハヤ殿は集まって来た他のみんなにも言った。


「忍びとの戦闘ではかすり傷でも受ければ、毒が全身に回って命を落とすことが有る。このように抉るか吸い出すかして毒に対処しろ」

「案内人! 案内人!」


 俺は鳥を呼んだ。早く来てくれ。


『……何を知りたい?』


 飛んで来た鳥に俺は尋ねた。


「あいつらは何処へ行った? またこちらへ戻って来そうか!?」

『今、彼らは丘を完全に下りた。それから……草原を歩き始めた。方向的に見て、森林地帯へ向かうみたいだ。丘からは離れていっているよ』


 俺は安堵の息を漏らした。


「イサハヤ殿、鎧を脱いで下さい。すぐに手当てをしましょう!」

「落ち着けエナミ。この程度の傷では死ぬことはない」

「……落ち着けません。父だって強かった。でも、あいつらに殺されたんです……!」

「エナミの言う通りです。手当てをしましょう」


 トモハルも勧め、イサハヤ殿は俺達の補助を受けながら鎧と上着を脱いだ。俺が止血用にハチマキを差し出そうとするのをミユウが止めた。


「こちらの方が宜しいでしょう」


 彼は首に巻いていた自分の長いスカーフを外して、イサハヤ殿の左腕の付け根から肩、胸に掛けての範囲を器用に巻き付けて覆った。怪我人の処置に慣れている様子だ。


「すまんな」

「いいえ。危機は去ったようですから、避難していた皆さんもお呼びしましょうね。案内人、呼んでらっしゃい」

『僕かよ。自分が行けばいいのに』


 案内鳥はブツクサ文句を垂れながらも、丘の隅へ飛んで行き、すぐにマサオミ様達を連れて来た。

 マサオミ様が負傷したイサハヤ殿を見て表情を曇らせた。


「……真木マキさん、やられちまったか」

「大したことはない。毒を体外に出す為に傷口を広げる羽目になった」

「毒か。なるほどね、奴らは忍びの者達だったんだな。……毒は出せたんだよな?」

「すぐに処置をしたからたぶんな」

「それでも熱か吐き気が出るかもしれねぇ。今日は横になって安静にしておきな」

「しかし、まだ一日が始まったばかりだ。時間が惜しい」


 俺も昨日そう思った。しかし立場が変わった今、イサハヤ殿には休んでいてもらいたいと思う。


「はぐれ州央スオウ兵達は敵だったんだろう?」

「ああ。やはり京坂キョウサカが放った刺客だった。森に火を点けたのも奴らだ」

「だったら今後の予定は決まりだ。案内人に居場所を聞いて明日、奴らを全員始末する。俺も出るぜ。そして明後日には憂い無く生者の塔へ向かおう。その為に今日は休むんだ」

「それが最善か……」

「そうさ」


 マサオミ様はイサハヤ殿から俺達へ視線を移した。


「元気な奴らは最後の訓練だ。昼間の見張りはヨモギと俺様がやってやる。明日と明後日で地獄での生活を終わりにしようぜ! 気張れよ、おまえら!」

「はい!!」


 俺達は返事をして、各々の訓練に適した場所へ散った。

 やってやる。必ず家族の仇を取ってやる。俺一人では微力でも、俺には仲間が居るのだから。

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