過去からの刺客(三)
「これでも現世では
「ふふふ、
イサハヤ殿は刀を抜いた。
「……あの火事で多くの同胞が犠牲になったのだろう。
俺達も武器を構えた。やはり戦闘になるか。
「ねぇ、連隊長。取引をしませんかー?」
この期に及んでもシキは、ねっとりとした口調でイサハヤ殿に馴れ馴れしく話し掛けた。
「ボク達を見逃してくれるよう
「私の罪とは?」
「アハッ。お仲間に赤い軍服の兵士が混ざっているじゃないですかー。
「だから?」
「連隊長だって国を裏切っているじゃないですか。つまりボク達は同じ穴のムジナってことでー」
「おまえと連隊長を一緒にするな!」
「そうよ! 味方殺しの分際で!」
トモハルとアオイが
「ねぇキミ達、正義感の強い連隊長を慕っているようだけど、正義感だけでは世の中は渡って行けないんだよ? 現に連隊長は国から命を狙われているだろー?」
「国じゃない、
「同じだよ。
「皇帝……?」
「そうさ。王族に生まれなくても能力の有る者が最高位に就くべきなんだ。
シキの主張は魅力的ではある。たまたま名家に生まれたというだけで、努力もせずに高い地位に就いている者達の何と多いことか。そういった連中は俺だって嫌いだ。
だけど……。
「ね、だから連隊長、あなたも
「断る」
イサハヤ殿はキッパリと断言した。不機嫌そうにシキは尋ねた。
「……どうしてです?」
「
その通りだ。邪魔なイサハヤ殿を始末する為に、多くの自国民を殺害した男に王道は開かれない。そして今の俺は知っている。イサハヤ殿やマサオミ様、トモハルだって、名家に生まれても
「あんた、馬鹿だねぇ連隊長」
シキは
「権力の前では個人の正義なんて紙切れのように薄っぺらいんですよ。親友一家があんな目に遭ったというのに、まだ理想なんて追い求めているんですかー?」
親友一家……? ドクン。俺の血が熱を持った。
「……それは、
「そうですよー。哀れな飼い犬でしたねー。あれだけ王太子に尽くしたのに、最後はゴミみたいに捨てられちゃったんだからー」
俺は奥歯を食いしばった。父さんを侮辱したシキを心底憎いと思った。
イサハヤ殿が抜き身の刀をシキに向けた。
「おまえ達を
先に仕掛けたのは奴らの方だった。
後方に居た射手の青年が矢を、年齢不詳の女が針のようなものを飛ばして来た。それらは最もか弱そうに見えるアオイに狙いを定めていた。
「分隊長!」
モリヤがアオイを抱えて横っ飛びして飛来物を避けた。射手の青年は尚もアオイを狙ったが、トモハルが矢を刀で弾き、マヒトが自分の短刀を女に投げ付けて動きを止めた。しかもブーメランのように旋回して戻って来た短刀を、マヒトはキャッチできるようになっていた。あれから随分と練習を重ねた模様だ。
その間に三人の中年男がイサハヤ殿へ襲い掛かろうとしたが、俺が一人を矢で足止めして、ミズキも一人食い止めた。結果、イサハヤ殿の元へ到達できたのはシキだけだった。
「ふっ、馬が居ないあんたなんて、ただの足の遅い重装兵だ!」
隠密達の隊長だけあって、シキの動きは素早く鋭かった。舞っているかのような動作で、連続で斬撃を繰り出した。俺だったらあっという間にやられていたであろうその攻撃を、鎧のせいで速さを制限されているはずのイサハヤ殿が難無くしのいでいた。時にはかわし、時には刀の打ち合いでシキを弾き飛ばした。
動体視力が良いだけではない。イサハヤ殿はシキの一手先を予測して動いていたのだ。初めて戦う相手だというのに。
シキが苦笑した。
「化け物ですか、あんた」
「……速さに自信が有るようだが、
「ホントーは尻尾巻いて逃げ出したい気分ですよー? でも逃がしてはくれないでしょう?」
追い詰められているはずなのに、シキにはまだ余裕が残っているように見えた。
「調子に乗らないでよ!」
態勢を崩していたアオイとモリヤが戦線に復帰し、俺が足止めをしていた男の一人を囲んだ。遠距離攻撃型の青年と女はトモハルとマヒトが相手をしている。ミズキは残り一人との戦いを、やや優勢に進めていた。
俺は矢をつがえて戦場の動向を見張りつつ、イサハヤ殿とシキの会話に耳を傾けていた。
「逃がさん。そして楽には殺さない。おまえには聞きたいことが山ほど有る」
「例えば親友だった
「何!?」
イサハヤ殿が僅かに動揺した隙を見逃さず、シキは刀を振るった。それすらも読んでいたイサハヤ殿がかわす直前、シキの刀は斬撃から突きへと変わった。
「!」
かわし切れずにイサハヤ殿は鎧の切れ目、左腕の付け根にシキの刀の切っ先を沈めてしまった。シキには突き攻撃という奥の手が有ったのだ。
即座に俺はシキに矢を放った。
「!? うわっと」
シキは俺の矢を察して後方へ飛び退った。くそ、距離が開き過ぎていたか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます