五度目の夜(二)
「俺も女心には疎いと言われるが、おまえも相当だぞエナミ」
「う~ん、でもさ……」
俺は村の女達を思い出しながらミズキに言った。
「もしも女達が本心では心配していてくれたとしても、俺は彼女達を好きにはなれないな」
「そうなのか?」
「ああ。獲物によっては狩りだって命懸けだ。大仕事を終えてヘロヘロになって帰った先で、臭いとか汚いとか言われたら嫌になるよ」
「それはそうだな」
「素直にお疲れ様、無事で良かったって言える人がいい。さっきのミズキみたいに」
「……俺?」
「うん。俺が身も心も楽になったって伝えたら、良かったって言ってくれたじゃないか。ああいう風なやり取りは凄く嬉しい」
「……………………」
ミズキが顔を赤くして黙り込んでしまった。あ、しまった。これっておまえが好みのタイプだと言っているようなもんじゃないか。
「あの、ミズキ、ありがとうって言いたかっただけで他意は無いから……」
「大丈夫だ、解っている……」
俺の顔まで
☆☆☆
東の空が白んで来た。夜が明けるのだ。
俺はあの後アオイと交代して見張りをしていた。先に出会ったモリヤと代わろうとしたのだが、彼から「分隊長を休ませてあげてほしい」と頼まれたのだ。
何でもアオイは地獄に落ちてから夜、よくうなされているんだそうな。きっと満足に眠れていないとモリヤは彼女を案じているのだ。
(モリヤは絶対、アオイのことが好きだよな)
俺と一緒に見回りをしたミズキは、今は俺の少し後ろで眠っている。何だかんだで俺を気に入ってくれているようだ。
そんな俺達の元へそっと近寄る人影が居た。トオコだ。
「ここに居たのね。見張り役、お疲れさま」
俺を探していたようだ。彼女は断りもなく俺の隣りに腰を下ろした。またお喋りしましょうとか言っていたな。それでか。
「ミズキが寝ているから声は小さくしろよ?」
「分かってますよ~ぉ」
「今日は何だよ?」
ぶっきらぼうに言ってから思った。今まで無自覚だったが、俺は女に対してキツイ対応を取ってしまっているのかもしれない。そりゃあ相手も憎まれ口叩くわ。
「あの、あのですね……」
いつもは大胆なトオコがモジモジしていた。
「昨晩はランがマヒトと寝たので私とセイヤが二人きりになりまして、それでですね、月がとても綺麗だったんですよ……」
「何で丁寧口調なんだよ。いつものように喋れよ」
「うん。あのね、それで……」
トオコが顔を真っ赤にした。昨晩のミズキといい勝負だ。
「しちゃったの……」
消え入りそうな声でトオコは言った。
「何だって?」
「だからアタシ、セイヤとしちゃったの!」
「ああ……」
決死の覚悟で
「アナタは何で驚かないのよ!? したのよ? セイヤと!」
「念を押さなくても知ってるよ。昨日見たから」
「はぁ!? ちょっと、最中を見たの!?」
「馬鹿っ、声が大きい!」
俺とトオコはミズキの方を振り返り、彼が動かないのでひとまず安堵した。
「……見たのはその前だよ。二人がいい雰囲気だったから、そうなるかなって思っただけだ。すぐにその場を離れたよ」
「はぁぁ、良かったぁ~。見られてたら流石のアタシも立ち直れないところだったわ……」
「だったら屋外でそういうことをするなっての」
「ウフフ……。あ、お礼の為とかじゃないからね? ちゃんとセイヤと私、お互いが望んだからそうなったんだからね?」
「解ってるよ」
それはそうとして、まさか俺達の中でセイヤが一番早く童貞を卒業するとは思わなかった。肉体と刺激を脳内で再現した、魂同士の性交渉だから微妙だけどな。
「セイヤの傍に居てやらなくていいのか? そういうことをした相手が目覚めた時に居なかったら、セイヤは寂しい思いをするんじゃないか?」
「ええ、すぐに戻るわ。えへへへへ」
トオコはクネクネと上半身を動かした。
「おい何だ。その気持ち悪い動きは」
「くふふふふふ」
トオコはクネクネしながら含み笑いをした。
「ぷはっ、あはは。知らなかったの。好きな相手と結ばれるって、凄く凄く幸せなことだったのね。今のアタシ、世界中で一番幸せかも。この幸せを誰かに分けてあげたいくらい!」
「そうですか。ごちそうさま」
セイヤではなく、トオコが
「祝福してくれるの?」
「まぁな」
昨日までは無理だった。だがミユウの言葉、「一瞬の輝き」を聞いた今は素直に良かったなと思えた。
「ほら、幸せ者はとっとと愛しい男の元へ戻れ。セイヤが起きてしまうぞ」
「うん。でもね、その前にエナミに頼みが有るの」
「何だ?」
トオコは一度深呼吸をしてから言った。
「アタシは凄く幸せなの。もう今死んでもいいくらい。でもさ、セイヤはこれからも生きていかなくちゃ駄目でしょう?」
「ああ……」
「でもあの人優しいからさ、アタシが死んだら凄く悲しんでいっぱい泣いちゃうと思うんだよね」
「そうだな……」
セイヤのその姿は容易に想像できた。トオコの
「だからね、そうなったらエナミに彼を励ましてもらいたいんだ」
「トオコ……」
「勝手なこと言ってごめんね。でも頼める人はエナミしか居ないの。アタシが死んだ後のこと、どうぞよろしくお願いします!」
トオコは頭を下げた。明るい口調だったが、彼女の細い肩が小刻みに震えていた。
ああ、彼女は隠れて泣くタイプの人間なんだろう。ずっとそうやって弱音を吐かず、無理に笑って生きてきた人なんだ。
トオコだって怖いのだ。死ぬことが。愛した相手を残して逝くことが。
「……セイヤのことは任せろ。友達なんだ。何が遭っても見捨てないさ」
「そうだね、エナミは優しいもんね」
顔を上げようとしないトオコに俺は言い聞かせた。
「それとトオコ、あんたも友達だ。この先何が起きても俺達は友達なんだ。俺はあんたの幸せを祈り続ける。それを忘れないでくれ」
「……………………」
トオコが俺の胸に飛び込んで来た。抱きついた、と言うよりもしがみついた。そして彼女は声を殺して俺の胸の中で泣いた。
きっとミズキは起きている。気配に敏感な彼がこれだけ騒いで気付かないはずが無い。俺達を気遣って眠っている振りをしてくれているのだ。
みんな優しい。
優しいからみんな傷付く。
トオコを受け止めた俺は、明るくなっていく空を眺めていた。
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