地獄六日目

過去からの刺客(一)

 完全に夜が明けた。トオコは既にセイヤの元へ戻っていた。


「……おはよう」


 俺の背後でミズキが起き上がった。やはりと言うか、彼は俺とトオコのことを何も聞いて来なかった。


「おはよう」


 俺も余計なことは言わずに返した。


「おはよー!」


 元気いっぱいなアオイが顔を出した。


「見張りを代わってくれてありがとうね! 何も無かった?」

「ええ。ちゃんと眠れましたか? モリヤさんが心配してましたよ、分隊長はうなされることが多いって」

「あー……うん。そっか、モリヤに心配させたか。たぶん私、カザシロでの戦いがトラウマになっちゃってるんだと思う。私の部下、モリヤ以外殺されちゃったからさ……」

「……………………」

「あ、責めてるんじゃないの! 私も桜里オウリ兵を殺したんだからお互い様よ。そこは戦争なんだからって割り切ってるから!」


 サッパリした性格の人のようだ。


「でも、人が死ぬことについては割り切れなくてさ。私の初めての部下達だったし」

「それは、解ります」

「あなたもいろいろ有るんだったね。独りで抱え込まないで、仲間にいろいろ相談しなよ?」

「アオイさんだって」

「あ、そうか……。私も独りで考えちゃっているのか……」

「つらい時は隠さずにモリヤさんに相談した方がいいと思います。きっとその方が彼は安心しますよ」

「そうなのかな……。うん、とりあえず心配してくれたことに対して、お礼を言って来るわ」


 アオイはモリヤを捜しに去った。


「素直な女だな」


 ミズキが漏らした感想に俺も賛同した。


「ああ。それにモリヤさんも良い人だよな」


 俺は何も考えずにカザシロの戦いで州央スオウ兵を討ちまくった。高揚感こうようかんすら覚えて。しかし州央スオウ兵の彼らは話してみたら気のいい人達だった。現世に戻った後、俺達は再び戦うことになるのだろうか? できるだろうか?


「おはよー、今日は天気イイな。今度は確か俺が見張りの番だよな?」


 マヒトがやって来て、俺の見張りの任が解かれた。


「マサオミ様を捜して今日の予定を伺おう」


 ミズキに提案されて俺達はマサオミ様を捜しに出た。そう言えば昨夜はマサオミ様の姿を見掛けなかった。みんなからだいぶ離れた場所で寝ていたのだろう。


「ああ、あちらだ」


 向こうから目立つ大将の装束を身に着けたマサオミ様が、欠伸あくびをしながら近付いて来た。


「おはようさん」

「おはようございます! 本日はどのように動かれますか?」

「それを今から真木マキさんと相談してくるわ。おまえさん達も一緒に来な」

「はい、お供します!」

「お、エナミ、今日の顔色は良いようだな。だがあんまり無理するなよ?」


 マサオミ様は俺の肩を軽く叩いてから先頭に立って歩いた。


(ご自身だって、マホ様を亡くされたばかりでおつらいはずなのに……)


 アオイも部下の死を引き摺っている。そうだ、人の死は簡単には割り切られるものじゃない。マサオミ様がみんなから離れて寝たのは、独りで泣きたかったからかもしれない。


「おはようさん」

「おお、上月コウヅキ殿。こちらから出向こうと思っていた」


 俺達はすぐにイサハヤ殿とトモハルの元へ到着した。


「今日はどうするかな?」

「生者の塔へ向かう前に、我が軍のはぐれ兵士達の動向を知りたい」

「場所だけなら案内人に聞けるが、奴らが何考えているかまでは判らんからなぁ」

「ああ。管理人との戦闘中に後ろから襲われる可能性が有る」

「なら俺が彼らの近くまで行って探って来ます。目にも耳にも自信が有りますので」


 発言した俺に全員の視線が集まった。


「エナミ、キミの精神は不安定な状態だ。今は無理をするべきではない」


 イサハヤ殿が苦言を呈し、ミズキも頷いた。


「おまえは昨日倒れた後に酷くうなされていたんだ。単独行動は絶対にさせられない。行くと言うなら俺も行く」


 うなされていた? アオイではなく俺も? 嫌な夢を見たような気がするからそのせいか?

 その時、案内鳥が俺達の元へ飛来した。


『キミ達、僕に聞きたいことが有るんじゃないのかい!?』

「おお、何だ急に」


 トモハルが怪訝な表情をした。


『質問が有るなら何でも答えるよ? 何か知りたいなら早く質問して!』


 鳥の慌てた様子に俺はピンと来た。こいつは緊急で何かを伝えたいのだ。しかし積極的な手助けは禁忌に当たる為、俺達の方から質問してもらいたいのだろう。これはこれで、かなり強引な手法だが。


「地獄の第一階層で変化が起きているのなら知りたい。どんな些細なことでも」


 俺が聞いたことで、鳥は明らかにホッとした様子を見せた。


『味方殺しの州央スオウ兵達が、この丘に向かっている』

「何だって?」


 みんなの間に緊張が走った。


『彼らは昨日の昼間、生者の塔へ向かったんだ。結果は散々。二人の管理人に手も足も出せず敗走した』

「死者は出たのか?」

『いや、五人中四人が重傷を負ったけど、全員生きている。夕べは傷を癒す為に高台で休んでいたみたいだけど、今朝になってこちらへ向かっているんだ』

「我々と同じように、身を隠せる拠点が欲しくなったのだろう」

「マズイな……、このままでは鉢合わせしちまう。おい、指示を出したいからみんなを集めてくれ。見張りの奴も全員」

「はい!」


 俺とミズキ、トモハルは手分けをして散らばっていた仲間に声を掛けた。全員が五分程で大将の元へ集合した。


「案内人、奴らは今どうしている?」

『丘へ登る道を見付けた。確実にここへ来るよ』

「チッ……、あと十五分くらいしか時間が無いか!」

「あの……、どうしたんですか?」


 苛々しているマサオミ様へモリヤがおずおずと尋ねた。


「同士討ちをやらかした厄介な州央スオウ兵達が、丘を登って来ている」

「ええっ!?」


 トオコとランが怯えた。あと何回、彼女達にこんな想いをさせなければならないのだろう。


「ランとトオコは山道から離れた奥に隠れていろ。ヨモギ、二人を守ってやれ」

「マサオミ様、ヨモギは地上戦に強いです。人間以上の働きが期待できます」

「そうだったな。じゃあワン公はここに残って、セイヤ、おまえが女子を守るんだ」

「は、はいっ!」

「ミユウ、おまえさんはどうする?」

「わたくしは残りますわ。皆さんのことを観察するのが仕事ですから」

「戦闘になるかもしれないぞ? 見たところ武器を持っていないようだが」

「お構いなく。自分の身くらい守れますわ」

「了解だ。だが少し離れていろよ?」

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