五度目の夜(一)
日が暮れて再び、俺はみんなから勧められて一旦は眠りについた。しかし数時間で目が覚めてしまった。どう考えても寝過ぎだ。
仲間達が心配してくれるのはありがたいが、もう眠れそうにない。無駄に起きているのはもったいないので、俺は見張りをしている誰かと交代しようと考えた。
「エナミ、どうした……?」
静かに動いたつもりだったのに、隣で寝ていたイサハヤ殿が目を覚まして俺に尋ねた。
「起こしてすみません。眠れないので見回りに行って来ます」
「……そうか。無理はするなよ」
言ってイサハヤ殿はすぐに眠りに落ちた。凄いな、睡眠を完全にコントロールしている。
ちなみに俺はイサハヤ殿と二人きりで眠っていた訳ではない。イサハヤ殿の向こうにはトモハルも居る。俺がイサハヤ殿に
寝ている二人を踏まないように俺は気を付けたのだが、いつもの晩より足元がしっかり見える気がした。空を見上げて納得した。
(ああ、月が完全に雲から出ているんだ)
地獄では珍しいことだ。管理人の避難場所として第一階層にはやたらと雲が多い。
(綺麗だな。こんな状況でなければ、みんなを誘って月見をするのに)
独りで観るには惜しいほどに見事な月だ。そんなことを考えながら歩いていると、やはり歩いていたミズキに出会った。
「エナミ、起きていて大丈夫なのか?」
「もう充分に休息を取らせてもらったよ。身体も心も楽になった」
「そうか、良かった」
深夜なので俺達は小声で話した。
「見張りを交代しようと思って来たんだ。ミズキが次の見張り番なら俺がやるぞ?」
「いや、俺は今終わったところだ。寝場所を探している」
「そうか。俺は丘の上をぐるっと見回るつもりだが、一緒に来て良さそうな寝場所を探すか?」
「ああ」
俺とミズキは並んで歩いた。すぐにランとマヒト、ヨモギがくっついて寝ている場面に遭遇した。すっかり打ち解けたようで何より。黒いから見えないが、案内鳥も近くの樹にとまって休んでいるのだろう。
「エナミ、今夜は月が綺麗だな」
「俺もそう思っていた」
予期せずミズキと月見をすることになった。同じように感じている相手が居るというのは嬉しいものだな。
「……! 姿を隠せ」
不意にミズキが俺を石灰岩の陰に引っ張り込んだ。
「どうした?」
「あそこだ」
ミズキが顎で指し示した先には、セイヤとトオコが並んで座っていた。ただ座っているだけではなく、トオコは頭をセイヤの肩に乗せていた。まるで恋人同士のように。
あの二人、いつの間にそこまで距離を縮めていたんだ!?
「あらあら、ずいぶんと親密なご様子ですこと」
どこから湧いたのか、ミユウが俺達の背後に立っていた。思い掛けない奴の登場に、悲鳴を上げそうになった俺の口をミズキの手が塞いだ。
「大声を立てるな。二人の邪魔になる」
「そうそう。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、ですわ」
俺はミズキの手を外した。
「……だが、トオコは病で短い命だ」
「だから何です?」
「本気になったら、セイヤもトオコもつらい想いをする」
「クソ喰らえですわ」
「は……?」
「生きるってことはつらいことの連続ですのよ? それでも一瞬の輝きを求めて、人は懸命に生きようと
「一瞬の、輝き……」
「例えばそう、想い人との愛の囁き合いなんて素敵ですわね」
「……………………」
「解ったのならさっさと退散しますわよ」
ミユウは細い身体の何処に有るんだと思わせるような怪力で、俺とミズキを引っ張りセイヤ達から遠ざけた。
しかし、ミユウの言う通りなのかもしれない。
俺はつらい未来に恐れをなして、トオコへの想いに
「わたくしは案内人に忠告して来ますわ」
「何を?」
「あの二人、間違い無く最後までヤりますでしょ? お子様には刺激が強いですから、今夜ここで起きた出来事を詮索しないように言っておきませんと」
お子様。やはり案内鳥の年齢は低かったのか。それにしても……。
「ヤるって、あんた……」
「この世界でも可能ですわよ? 痛みや苦しさは散々味わって来られたでしょう? それと同じように快楽も再現できますの。一度試してごらんになっては? わたくしで宜しければお相手致しますわよ」
えげつない台詞を残してミユウはさっさと行ってしまった。ちょっと良いことを言った後なのに自ら台無しにしやがったよ。
だいたい試すって、誰と……。
最悪のタイミングでミズキと目が合ってしまい、お互いに慌てて視線を逸らせた。
「ごめん……」
「いや、こっちこそ……」
別に悪くないのに謝り合った。俺達は動揺しているな。
「……ま、でもこれで俺はセイヤに付き纏われずに済むな」
溜め息交じりにミズキが
「付き纏われていたのか?」
「ああ。事あるごとに女が好む言葉、贈り物、その他諸々の助言を求められた」
「あいつ……」
「トオコと上手くいったのならもう俺の元には来ないだろう」
「どうかな? 今度は
「勘弁してくれ。おまえの所に行けばいいのに」
「いや、俺は女との接点がほとんど無いから
「しかしセイヤの話では、村でおまえは相当モテていたと」
確かにセイヤはそう言ったが、モテない俺への慰めとしか思えない。
「それは無いな。だって俺が狩りから戻る度に、女達は憎まれ口を叩きにわざわざ集まって来るんだぞ? 俺が嫌われていたからだよ」
「集まって来るのか? わざわざ嫌いな奴の為に?」
「よっぽど俺に悪口を言いたいんだろうさ。血の匂いが臭いとか野蛮だとか。俺が狩りの後に獲物の血抜きや解体作業をするって知っているんだから、臭いのが嫌なら寄って来なきゃいいのに。毎回だぞ」
「……エナミ、俺が思うところを言っていいか?」
話を聞いたミズキが呆れ顔で指摘した。
「狩りに出たおまえが心配だったから、女達は戻って来たおまえを出迎えに集まったんだ」
「はぁ!? あれが出迎えだってのか? じゃあ悪口は?」
「素直に心配だったと伝えるのが照れ臭くて、つい憎まれ口になってしまうんだろう」
何だそれ。そんなこと言われなきゃ解らない。
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