仲間達と

 遠くでする人の話し声。だけど俺の周囲はとても静かだった。わずかな虫の鳴き声まで聞き取れるほどに。

 薄目を開けて周囲を窺った。俺は大きな樹の陰に入るように寝かされていた。

 ……俺はどうしたんだっけ? 静寂の中でしばし考えを巡らせた。

 ああそうだ、家族の話をイサハヤ殿から聞いて、ショックで気を失ったんだ。情けないな。

 もう大丈夫だとみんなに伝えなければ。俺は起き上がろうとした。


「急に起き上がらない方がいい。眩暈めまいを起こすぞ? キミは体感時間で六時間ほども気を失っていたのだから」


 頭上から力強く、しかし優しい声が降り注がれた。鎧を脱いだイサハヤ殿だった。

 俺は仰向けの姿勢のまま尋ねた。


「……ずっと付いていて下さったんですか?」

「いや、交代しただけだ。私の前はミズキという青年剣士、その前はセイヤ。彼はキミの幼馴染だったね?」


 イサハヤ殿は微笑んだ。


「皆キミをとても心配している。良い仲間を得たようだな」


 何だかくすぐったかった。


「ふ、こうしているとあの時のことを思い出す」

「?」

「キミが崖から私の元へ転がって来た時のことだよ」

「……ああ! 地獄で初めてお会いした時のことですね。動けない俺を草むらまで運んで下さって、二人で寝転んで管理人をやり過ごしたんですよね」

「そうだ。こんな風にな」


 イサハヤ殿が俺の隣りに寝そべった。俺達は顔を見合わせて微かに笑った。


「すみません。俺のせいで今日一日を潰してしまいましたね」


 あれから六時間経ったのなら、もうすぐ夕暮れの時刻だ。そんなに寝てしまっていたのか。嫌な夢を見たような気がするが、内容を思い出せない。


州央スオウ桜里オウリが団結して、有意義な情報交換もできた。決して今日という日を無駄にはしていない」


 相変わらず優しい人だ。

 京坂キョウサカさえ余計なことをしなければ、父さんとイサハヤ殿はまだ親友同士で、俺達家族はずっと州央スオウで暮らしていたのだろう。そして成長した俺はきっと兵団に入っていた。イサハヤ殿の部下として一緒に訓練して、一緒に出征していたかもしれなかったんだ。

 それが運命がねじれてしまって、俺達は戦場で討つ者、討たれる者に別れてしまった。


「……生者の塔へは明日向かうのでしょうか?」

「そうしたいところだが……。上月コウヅキ殿と案内人から聞いたのだが、ここ地獄の第一階層に怪しげな州央スオウ兵達の魂が落ちて来たそうだな?」

「あ、はい。同士討ちをしたとか……」

「彼らの動向を掴まない限り迂闊に動けない。最悪、管理人以外にも敵が増えるかもしれない」

「そうですか……」


 何人かの足音がこちらへ近付いて来た。


「おっ、エナミ。目が覚めたか……って、おまえさん達は何をしてるの?」


 マサオミ様がミズキを伴って俺の様子を見に来てくれた。ミユウの姿も有った。ミズキに付き纏っているのだろう。


「あらあら、男性二人がそのように寄り添って横になって……。穏やかでは有りませんわね」


 ミユウがニヤニヤといやらしい視線を向けた。おまえの基準で物事を判断するな。

 ミズキに言葉は無かったが、ミユウとは違う爽やかな笑顔を向けてくれた。俺が目覚めたことへの祝福だろう。


「ま、今日はこの丘で過ごすことになったからゆっくりしとけや」

「うふふふふ。二人きりでごゆっくり」


 そう言ってマサオミ様達は去っていった。だがすぐに、


「ええっ、エナミが目覚めたんですか!?」

「コラあなたは見張り役! 持ち場を離れないの!」

「ちょっとぐらいイイじゃん……」

「そのちょっとの慢心が大事故に繋がるのよ!」


 向こうから賑やかな声が聞こえた。セイヤとアオイだ。この二人も気が合いそうだな。


「ははは。ここは俺が見ているよ。エナミの傍に行ってやるといい」

「ありがとうモリヤさん、すぐ戻るから!」

「もう、モリヤは甘いんだから……」


 すぐにドタドタと大きな足音を響かせてセイヤが登場した。こいつは絶対に暗殺者にはなれない。


「エナミぃ~、良かっ……、うおぉ!! イサハヤさん!? どうしたんスか!?」

「……寝転んでいるだけだよ」

「そっスか! 俺兵士になるまで野宿ってしたことなかったんですけど、大地に寝転ぶってけっこう気持ちいいですよね!」

『阿保が居る』

「セイヤ、エナミは起きたばかりなんだから、あまり騒々しくしちゃ駄目よ?」


 今度はトオコ、ラン、案内鳥、ヨモギ組が来た。


「おにいちゃん、おめざめよかった。もうげんき?」

「ああ、元気になったよ。ありがと……わぁっ、ヨモギ、二の腕を舐めるな!」


 狼が高速で尻尾を振りながら俺を舐めた。つい反射的にイサハヤ殿の方へ押しやってしまった。


「わぁっ、舐めるな、そこはやめろ!」


 イサハヤ殿もけっこうデリケートな所を舐められたらしい。すみませんでした。


「おー、エナミ、目ぇ覚めたか」


 マヒトまで来た。千客万来だな。


「あれマヒト、おまえも見張りじゃなかったっけ?」

「アオイとか言う乳の小さい姉ちゃんが少しだけ変わってくれた。エナミに会いに行けって」


 何だよアオイだって甘いじゃないか。あとマヒト、女性の身体のことは言うな。後で釘を刺しておかないとな。


「さ、みんなそろそろ行くわよ。うるさくしていたらエナミが休めないわ。エナミ、また今度ゆっくりお喋りしましょうね」

「え、トオコ、またって何? 今までエナミとゆっくり話す機会が有ったのか?」

「はいはい、行くわよ」


 腑に落ちない様子のセイヤの背中を押しながら、トオコは俺にウィンクをした。


「俺達も行くか」

「マヒトおにいちゃん、またおはなしききたい」

「いいぜ。じゃあ俺の見張り場まで来な。じいちゃんから聞いた妖怪退治の話をしてやる」

「おひめさまでてくる?」

『僕がとっておきのお話をしてあげるよ』


 マヒト、ラン、ヨモギと案内鳥も去っていった。


「賑やかだったな」

「大所帯になりましたからね。 みんな、きっとホッとしたんです。仲間ができて」

「そうだな」


 二人きりになった俺とイサハヤ殿は、再び訪れた静けさに身を委ねた。


「……エナミ、イオリと狩りに出たことは有るか?」

「狩りですか? はい、何度も」

「そうか……」


 遠い目をしたイサハヤ殿が笑った。


「イオリの夢だったんだよ。子供ができたら弓を教えて、休日に一緒に狩りに行きたいとよく言っていた。あいつは夢を叶えたんだな……」

「!…………」


 父さんとの在りし日を思い出して、俺の瞳から涙が溢れた。

 恥ずかしくて、見られたくなくて、俺は右手で両目を覆った。

 そんな俺の頭をイサハヤ殿の大きな手が撫ぜた。まるで幼子にするように。前もそうだった。

 きっとこの人は、俺を自分の子供のように思ってくれている。


 俺も……、イサハヤ殿に甘えたいと思ってしまっている。

 ずうずうしい願いだ。許されたとはいえ、俺が討ってこの人を地獄に落としたのに。

 それでも撫でる手が温かくて、心地良くて……。

 しばらくは誰も来ないだろう。今だけ、今だけは甘えてしまおうか。

 そう思えたのは束の間、新たな来訪者が顔を出した。


「おいエナミ、調子は……。おわぁっ、連隊長!? 何をなさっているんですか!?」

「トモハルさん……」


 まだこいつが居たか。間の悪い奴だ。




■■■■■■

(過去はプレイボーイ、現在ジェントルマンなイサハヤ。容姿を知りたい方は↓↓をクリック!)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330661747386099

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る