真実を求めて(三)

 父さんが関わったとされる事件を聞かされて、俺は事態の大きさに震えた。

 弟殿下の暗殺……。父さんは一国の王子を手に掛けていたのか!? 何て大それたことをしてしまったんだ……!


「エナミ、イオリは誰よりも苦しんだと思う」


 俺の顔色が悪くなっていたのだろう、イサハヤ殿が気遣ってくれた。


「しかし当時のあいつには妻と娘、そして生まれたばかりのキミが居たんだ。家族を人質に取られている状態で、王太子の命に背けなかったんだよ」

「父さ……、父は俺達を守る為に?」

「そうとしか考えられない。国の将来について熱く語っていたイオリが、あんな馬鹿げた真似をするはずが無いんだ」


 ここで俺に一つ疑問が生まれた。


「あの……、妻と娘と仰いましたか? 俺には姉が居るんですか?」


 イサハヤ殿は困ったような顔をした。


「覚えていなかったか……。言うべきではなかったな」

「教えて下さい! 姉のこと……、母のことも! 父は何も語ってくれなかったんです」


 居たはずの母さんについて話そうとしなかった父さん。触れてはいけない部分だと幼いながらも俺は感じて、しつこく追及することができなかった。


「……………………」

「イサハヤ殿!」


 俺は懇願し、イサハヤ殿は重い口を開いた。


「……キミには四つ上の姉が居たんだ。名前はキサラ」

「キサラ……」


 ズキン。頭に針で刺したような痛みが走った。


「お転婆だったが弟を可愛がる良い娘だったよ。そして母君の名前はリン。美しい女性ひとだった。結婚式や、子供達の誕生会には私も招かれたんだ」


 イサハヤ殿は二人に対して過去形を使った。


「母と姉は、どうなったんですか……?」


 始めて知る家族はきっともうこの世に居ない。語るイサハヤ殿もつらそうだった。


京坂キョウサカが国防大臣になった直後に、イオリの家が放火されたんだ。おそらく用済みとなったイオリを、京坂キョウサカが口封じの為に始末しようとしたんだ。数日後にイオリの同僚だった近衛兵二人も、不自然な事故で命を落としている。彼らも弟殿下殺害の実行犯だったのだろう」


「ひでぇよ……」


 セイヤが呟いた。彼は以前も父さんの為に怒ってくれた。


「その火事で、母と姉は死んだんですか……?」

「はっきりとは、判らないんだ」

「?」

「灯油をかれたようで、家は一晩中激しく燃え続けて全焼した。その焼け跡からは、五人から七人分の人間の骨が発見された」

「五人から七人分……?」

「ざっくりだな。どうしてそうなった?」


 イサハヤ殿の眉間の皺が濃くなった。


「骨の多くがバラバラに散らばっていたからだ。おそらく焼かれる前に身体を細かく解体されている。だから犠牲となった者の正確な人数が判らなかったんだ」

「何で……。誰がそんな酷いことを?」

「イオリだろう」

「!?」


 ズキン。また頭が傷んだ。さっきと同じ左の側頭部だ。片頭痛か?


「イオリは家で家族と過ごしていたところを、京坂キョウサカが放った暗殺団に襲われたんだろう。なんとか返り討ちに成功したものの、このままではまた襲われると彼は考えたのかもしれない」

「それでイオリさんは、自分達が死んだように偽装したのか」


 マサオミ様が推察してイサハヤ殿は頷いた。


「たぶんそうなのだと私は思う。イオリは暗殺団の身体を解体した上で、きっと自ら灯油を撒いて家に火を放ったんだ。誰が死んだのか判らない状態にする為に。そして国外へ逃亡した」

「俺と二人だけで……?」


 俺の記憶の中に母と姉の姿は存在しない。


「ああ。大勢の人骨がイオリの家から出たことで、あいつは事件の重要参考人となった。国内全ての兵団詰所に人相書きが配布されて指名手配されたんだ。捕まることは無かったが、情報だけなら何度か入って来た。小さな子供を連れた、イオリらしき男を見たと」

「父が助けられたのは、俺だけだったんですね……」


 母と姉は、きっと暗殺団との戦いの最中に命を落としたのだろう。そして遺体は業火に焼かれた。


「エナミ、すまない」


 何故かイサハヤ殿が謝った。


「イオリは私に何も話してくれなかった。巻き込まないようにしてくれたんだろう。親友などど言っておきながら、私はキミ達の家が燃えるまでイオリの危機に気付かなかった」


 あなたのせいでは有りませんと言いたいのに、言葉が出て来なかった。頭が痛い。針どころじゃなくて、ガラスの破片で引っ掛かれるような痛みだ。


「イオリが失踪してからいろいろと調べた。とは言っても、京坂キョウサカの息が掛かっている者が兵団に潜り込んでいる可能性が高かったので、大っぴらには動けなかった」

「やっこさんは兵団出身だもんな。間違い無く配下の者を潜ませているだろうさ」

「そうこうしている内に京坂キョウサカはどんどん勢力を広げていった。今や州央スオウ国の実権は奴に握られていると言っても過言ではない」


 マサオミ様は顎を指で触りながら尋ねた。


「あんたが所属している……第二師団だっけ? そこの司令は信用できる人なのか?」

佐久間サクマ司令か? ああ、数少ない味方のうちの一人だ。彼は自分の師団に私を組み入れて守ってくれていたんだ。佐久間サクマ一族は武門では最大派閥だからな。京坂キョウサカでも迂闊に手を出せない相手だ」

「じゃあ森に火を点けたのはその人じゃないな」

「ああ。桜里オウリへ遠征するにあたって、第二師団は兵士を大幅に増員されたんだ。その中に京坂キョウサカの間者が紛れていたのだろう」

「なるほど。真木マキさん、案内人から聞いた話なんだけどな……」

「ちょっと待ってくれ。エナミ、大丈夫か?」


 激しい頭痛に耐えられず、俺は両手で頭を抱えていた。軽い吐き気も有った。


「ちょっとこいつ、休ませましょう! つらい話を聞いてまいっちゃったんですよ!」


 セイヤが背後から、フラフラしていた俺を支えてくれた。


「大丈……」


 最後まで言えなかった。一際大きな痛みの波が頭を襲い、俺はセイヤの腕の中に倒れてしまった。


「エナミ!? おいエナミ!」

「エナミ!」


 セイヤとミズキが俺の名を呼ぶ声が聞こえた。しかし俺はこたえることができなかった……。

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