真実を求めて(二)

「イオリは州央スオウ兵団で私の同期だった。入団したての頃の彼には名字なんて無く、ただのイオリだったよ。狩人だったが安定した収入を求めて軍に入ったそうだ」


 イサハヤ殿は俺の方を見ながら父さんのことを語り出した。


「士官学校を出ていないというのに、イオリはその卓越した弓の技術ですぐに頭角を現した。異例の速さで分隊長になったと思ったら、続いて小隊長、中隊長と隊長職を駆け上っていった。そのせいで私のような、士官学校出の兵士に反感を買うことも少なくなかった」

「凄い……」


 アオイが小さな声で呟いた。彼女は分隊長だ。自分と比べたのだろう。


「だがみんな、認めざるを得なかった。イオリの実力は本物だった。それにあいつは自分の技術を自慢したり、成長が遅い同期を見下したりしなかった。逆に誰かの失敗を黙々とフォローするような奴だったんだ。口数は少なかったが善良な人間だった」


 ミズキみたいな感じかな。彼も一見無愛想だが親切な青年だ。


「育った環境はだいぶ違ったが、私とイオリは不思議とウマが合ったんだ。休日の度に国のことや、将来の夢についていろいろ語り合ったよ。あいつは酒が入ると饒舌じょうぜつになるんだ」


 イサハヤ殿は俺に笑顔を向けた。きっと俺の後ろに父さんの影を見ていた。


「そんなイオリに転機が訪れた。国王一家が列席される軍事パレードで、彼は難しい的当てを全て成功させたんだ。国王夫妻はイオリの弓の腕を褒め称えられた。しかしそれ以上に彼に関心を示したのが、当時王太子で十歳だったイズハ様だ」


 イズハ……! 州央スオウの現国王の名前だ。


「イズハ様はイオリを自分の近衛兵に取り立てたんだ。しかし王族の傍には、国から良家と認められた一族の者しか近寄られない。そこでイズハ様はお父上であられる陛下に頼み込んで、イオリに騎崎キサキの名字を与えたんだ」

「大盤振る舞いだな」

「ああ。ここまでは名誉なことだとイオリも喜んでいたよ。だが、数年後に起きた政変で全てが変わってしまった」


 イサハヤ殿は溜め息を吐いた。


「イズハ様の攻撃的な性格は度々問題視されていた。それでも、予算会議で兵団に予算を多く回すように意見する程度だったから、実質的な害は無かったんだ。兵士達からはむしろ好かれていた」

「……意見だけじゃ済まなくなったんだな?」

「ああ。イズハ様は勝手に他国の武器商人達を国に招いて、新型兵器を買い漁るという暴挙に出たんだ。まるで戦争の準備でもしているかのような量だったそうだ」

「イザーカ国からも買ったのでしょうね?」


 ミユウが口を挟んだ。


「だろうな。イザーカ国の大砲は飛距離、命中精度共に大陸一だ」

「タイホウ……? 投石機ではなくて?」

「投石機なんざ五十年も前に廃れた戦争遺物だぜ?」

「あら失礼。どうぞ話をお続けになって」


 つくづく変な奴だな。ミユウの正体は気になるが、今はイサハヤ殿の話に集中しよう。


「国庫の金を使った訳だから、イズハ様の買い物はすぐに明るみになった。大問題に発展したよ。国の年間予算の三分の一を使い込んでいたそうだからな」

「そいつは……」


 マサオミ様が苦笑した。


「流石に放置しておけないということになり、国王陛下はイズハ様から王太子の地位を剝奪して、穏やかな弟殿下へ王位継承権を移そうと考えられた」

「一時期やたらと外交に弟殿下が登場したのは、その時の為の布石だったのか。だが弟殿下は地方へ視察公務に向かう途中で、暴漢に襲われて命を落としたんだったよな?」


 そこまで言って、マサオミ様は顔をしかめた。


「まさか暴漢を装って、兄が邪魔な弟を配下の者に殺害させたのか……?」


 イサハヤ殿は重々しく頷いた。


「その可能性が高いと思う。人気の無い郊外で起きた事件で、目撃者が一人も居ないんだ。護衛も従者も全員殺されたそうだから」

「その事件に、父が関与していたんですね?」


 俺はイサハヤ殿に問い掛けた。彼は答えなかったが、瞳が「そうだ」と肯定していた。


「しかし王子が殺害されたとなると国民は大騒ぎだろう? 事件の調査団が結成されるだろうし、得をした兄貴の方へ疑惑の目が向くんじゃないのか?」

「ああ。イズハ様を弾劾だんがいしようとする動きは有った。しかし実現しなかったよ。弾劾しようとしたのは弟殿下を時期国王に推していた勢力だったのだが、その中心に居た文官達が、事故や事件で次々に命を落としてしまったんだ」

「それにも父が……?」

「おいおい。イズハ新国王は想像以上にヤバイお方らしいな」

「いや、私の考えだが、黒幕はイズハ様では無いと思う」


 ん? という顔でマサオミ様がイサハヤ殿を見た。


「どういうことだ?」

「事件が起きた時、イズハ様はまだ十四歳の少年だった。兵器という危険な玩具を欲しがっても、それをどうやって購入するかまでは解らなかっただろう。お忍びで街のパン屋へ行くとはレベルが違うんだ」

「外国相手の商談だもんな。ってことはつまり、そそのかした誰かが居るってことか。そいつの目星はついてんのかい?」

「ああ。国防大臣の京坂キョウサカレイだ」

「! 私の父の政敵だ……」


 トモハルが発言した。


「法務大臣の父は、京坂キョウサカによって政府内の勢力を大幅に削られたんです。権力に取り憑かれていた父に対して、当時はいい薬だと思っていたのですが……。京坂キョウサカがそんな危険人物だったとは」

京坂キョウサカは当時まだ若い文官の一人に過ぎなかった。元々は武官だったということで、兵隊ゴッコが好きなイズハ様に気に入られたんだ。自ら売り込みに行ったのかもしれない」

「武官? 兵士だった過去が有るのか?」

「ああ。二十代の頃は州央スオウ兵団に所属していた。確か大隊長までいったはずだ。家の力も有っただろうが、本人もそれなりに優秀なんだろう」

「ハッ、優秀なのは悪巧みの方面だろうがね」


 マサオミ様が吐き捨てた。


「弟殿下が亡くなり、彼を擁立していた文官達も死亡。他に王子がいらっしゃらなかったので、結局イズハ様が王太子の地位に留まった」

「邪魔者を全部片付けて?」

「全て京坂キョウサカの策略だと思う。奴はイズハ様に武器を買わせて、王太子としての評価を落とさせた。そしてその後、イズハ様に囁いたんだろう。このままでは、イズハ様は廃嫡はいちゃくき目を見ることになります、防ぐには弟殿下を何とかしないといけませんよと……」

「それでビビッた兄は、弟と弟の支持者を配下の者に殺させたのか」

「ああ。イオリのような新参者、近衛兵の中でも地位が低めの者達を使ったのだろう」

「胸糞悪いな。京坂キョウサカは王子を操って、自分の政敵の力を削いだ訳だ」

「ああ。奴の目的はそれだったんだ。そしてまんまと最年少で大臣の職を手に入れた」

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