手と手を取って(三)

 マサオミ様は力強く言った。


桜里オウリ州央スオウへ共闘を申し入れる!」


 ついにその時が来たのだ。イサハヤ殿は言葉を選んで返した。


「私個人はその申し出をありがたく思う。しかし州央スオウ桜里オウリが戦争をやっている事実は変わらない。部下の中には互いの立ち位置を不安に思う者も居るだろう。共闘というのは上月コウヅキ殿、キミだけでなく隊全員の総意なのか?」

「ああ、そうだぜ。信頼できないと言うのなら俺の首を賭けよう。もしも俺の隊に後ろから州央スオウを狙うような不心得者ふこころえものが出たら、そいつではなく俺の首をねな」


 俺達はギョッとした。ミズキが慌ててマサオミ様に訂正を求めた。


「おやめ下さい、首を賭けるなど……」

「おまえさん達を信頼している証だ」

「マサオミ様……」


 イサハヤ殿は背後の部下を振り返った。


「おまえ達、彼らをどう見た?」


 問われた州央スオウ兵達は戸惑う様子を見せたものの、トモハルが真っ先に発言した。


「私は信用に足る相手だと思いました。現に彼らは一度、立場を捨てて私を救ってくれました」


 アオイとモリヤも続いた。


「正直、まだ怖い気持ちは有ります。でも自分達だけでは生き残れないということを、この一ヶ月間で嫌というほどに思い知りました。手を組むことで現世に戻れる可能性が増えるのなら、それに賭けてみたいです」

「俺もです。彼らが俺達を信じてくれるのなら、俺も彼らを信じる努力をします」


 イサハヤ殿は頷いてから、俺達の隊に紛れているマヒトへ視線を移した。


「双剣使いの若き同胞よ、おまえの考えを聞きたい。彼らと行動を共にしてきたようだが、何を見てどう感じた?」

「お、俺? 俺は……」


 マヒトはミズキをチラリと見た。


「俺はこのキレーな兄ちゃんに斬られて地獄落ちした。すげぇ悔しかったし、再会した時は絶対に殺してやるって思った」


 ミズキは複雑な表情でマヒトを見守っていた。


「でもさ、もう恨んじゃいねーよ。こいつらを見てて判ったんだ。生きる為に必死に戦う同じ人間なんだって。仲間の為にボロボロになって、それなのに夜はケロッとしてくだらねー話で盛り上がったり」


 セイヤが鼻の頭を掻いた。


「上手く言えねぇけどさ、俺、こいつらと居るとなんか楽しいんだ」

「そうか」


 イサハヤ殿は満足そうに微笑んだ。


州央スオウの意見もまとまったようだな」

「申し出を受けてくれるのか?」

「その前に……、私も同じ条件を示さなければ不平等というものだ。信頼の証として私の首を賭けよう。もしも州央スオウに裏切り者が出たら、私の首を刎ねてくれ」


 マサオミ様はニカッと笑って、イサハヤ殿へ右手を差し出した。イサハヤ殿はその手をしっかり握り返した。

 ……やった。

 一度は別れを選び離れた桜里オウリ州央スオウ。違えた道が再び交わったのだ。

 俺の胸に熱いものが込み上げて来た。


「あの、それで……」


 トモハルが遠慮がちに水を差した。感動していたのに何だよ。


「大所帯となる訳ですが、どなたが隊を率いるのでしょうか?」


 トモハルの危惧はそこか。まぁ、確かに。階級であれば司令のマサオミ様が一番上だが、それでは州央スオウの兵士達はおもしろくないだろう。休戦状態とはいえ、敵の司令官に命令されるんだものな。


「俺と真木マキさんのダブルリーダー制でいいんじゃね?」


 マサオミ様が軽く言った。


「お互いの部下の意見をまとめて、最終的に俺達が話し合って決めればいいさ」

「おお、それなら異論は有りません」


 イサハヤ殿をリーダーの一人として立ててもらえたので、トモハルは納得した。

 アオイが挙手した。


「あのっ、新顔さんが居るようですし、改めて自己紹介し合いませんか?」


 アオイの視線の先にはトオコとミユウが居た。久し振りに年の近い同性に会えて、彼女は嬉しそうだった。

 州央スオウには女兵士が多く所属していると聞くが、それでも女独りで男の中に長期間居るのは精神的にしんどかったのだろう。


「そうだな。て言うか、俺もおまえさんからしたら新顔だよな?」

上月コウヅキ殿のことは先ほど上官から伺いました! 流星のマサオミとの異名を持つ、凄腕の剣士でいらっしゃるとか!」


 元気よく答えたアオイに対して、マサオミ様のこめかみに青筋が立った。セイヤとミズキがヤベッという顔をした。おそらくは俺も。


「……お嬢さん、流星のマサオミって誰から聞いた?」

御堂ミドウ中隊長ですが?」


 名指しされたトモハルが悪びれずに言った。


「いや、流石。敵国にまで勇名が轟くとは大したものですな」

「何で州央スオウにまで伝わってんだぁぁあ!!」

「うおっ!?」


 マサオミ様の絶叫に州央スオウ兵達が後方へ飛び退った。座った姿勢で器用だな。


「いいか、覚えておけ、俺はそのこっぱずかしい渾名あだなが大嫌いなんだ!!」

「え、流星格好良いじゃないですか」

「自分が呼ばれてみろや、流星中隊長!」

「流星中隊長……、うわ、ダサ……」

「確かに嫌だ……」

「ったく! 何だって州央スオウの人間まで知ってんだ」


 静かに聞いていたイサハヤ殿が申し訳無さそうに言い出した。


「あー……、スマン、その渾名の言い出しっぺは私かもしれない」

「はぁ!?」

「演習で会った時、上月コウヅキ殿は何度も私に手合わせを申し入れて来て、一度実現したことが有っただろう?」

「……あん時か。それが?」

「まだ若かったキミの剣技は荒削りだったが、とても速かった。それで手合わせの後につい呟いてしまったんだよ、まるで流星のようだと」

「……………………」

「その呟きを聞いた双方の部下達が広めてしまったんじゃないかな。いや、悪いことをした」

「あんただったのかよぉぉぉぉお!!」


 丘上にマサオミ様の怒号がこだまとなって響き渡った。

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