手と手を取って(二)

 マサオミ様とイサハヤ殿、大将二人が向かい合った近距離で胡坐あぐらをかき、残りのメンバーは彼らを囲む形で座った。


「お互いの陣営から見張りを一人ずつ立てるべきだな。こちらからは……」


 イサハヤ殿が提案したが、マサオミ様が待ったを掛けた。


「いや、これから話すのは全員に聞いてほしい話だ。それに空からの襲来はまず無いと考えていい。気を付けるべきは下から登って来る輩だな。ヨモギ、悪いがおまえさんが見張っていてくれるか?」

「ワフッ」


 ヨモギは一声吠えて、下山口まで走った。そこで伏せて下を警戒した。


「よく躾けているな。あれは狼か?」

「ああ。エナミに懐いて付いて来んだとさ。案内人の話によると、戦士の魂の欠片かけらから生まれた新種の生命体だそうだ。だから賢いんだろう」

「そう言えば案内人も一緒なんだな。ランか」

「そ。あいつは暇な時はランから離れやしねぇ」


 案内鳥は丘に点在する石灰岩の上にとまっていた。鳥の黒い身体と岩の白さのコントラストが無駄に美しい。


「何故空から敵が来ないと判るんだ? 根拠は?」

「三人の管理人のうちの一人を倒した」

「倒した!? 管理人を!? ……あ、失礼」


 大将同士の会談を邪魔しないように黙っていたトモハルだったが、思わず声が出てしまったようだ。アオイとモリヤも驚いた顔をしていた。

 イサハヤ殿が仕切り直した。


「倒した管理人とはどのタイプだった? 鎌を持った女か、射手の男か」

「女の方だ。そいつが消える前にいろいろと教えてくれたんだ」

「教えてくれた? 管理人と意思の疎通ができたのか?」

「ああ。あいつらは俺達と同じく、地獄の第一階層に落ちた人間なんだよ。強い魂を持っていたばかりに地獄の統治者から管理人に選ばれて、忌々しい仮面を付けられちまった。仮初かりそめの命をくれる代わりに、当人の思想を封じ込める仮面をな」

「あの仮面にはそんな意味が有ったのか……」

「ああ。そのせいでマホは大いに苦しんだ」

「マホ?」

「女の管理人の名前だよ。獅子座シシザマホ。桜里オウリ第六師団の軍師で、俺が愛した女だ」

「!!」


 州央スオウ兵が一様に息を吞んだ。モリヤが咄嗟とっさにアオイの方を見た。彼は彼女に気が有るのだろうか?


「……上月コウヅキ殿、キミは大切な女性とやいばを交えたのか」

「そうなっちまったな」

「地獄の統治者とやらは、酷な事をするものだ」


 二人の話を聞いていたミユウが苦笑した。マサオミ様は話を続けた。


「そのマホからの情報だ。射手の管理人は生者の塔へ向かって、半獣の管理人と手を組んだ。二人で俺達を迎え撃つつもりらしい」

「半獣の管理人か……。アオイ、発言を許す。おまえ達も遭遇した相手だな?」

「……はい! 八名で挑みましたが、相手はとてつもない強さでまるで歯が立ちませんでした。仲間を次々に殺されて、生きて逃れることができたのは私とモリヤ、ナオトの三名だけでした」


 ナオト。ミズキに襲い掛かって返り討ちにあった最年少の兵士だったな。


「単体でもそれだけの強さを誇る半獣の管理人が、射手の管理人と手を組んだのか」

「ああ。ちなみに真木マキさん、射手の管理人と戦ったことは有るか?」

「いいや。飛んでいる姿を見ただけだ。こちらには遠距離攻撃ができる者がいないのでね、奴には挑むべきではないと判断した」

「そうか。射手の管理人はな……、エナミの親父さんだ」

「なっ……!?」


 イサハヤ殿が驚愕の表情で俺を見た。


「エナミ、それは本当か?」


 唇を結んで俺は頷いた。


「そんな、イオリが……」

「イオリさんは五年前にここへ落ちて、半獣の管理人に殺されたそうだ。そして空いていた管理人の職に無理矢理就かされたんだよ。マホのようにな」

「……くそっ!」


 冷静なイサハヤ殿が感情を露わにしていた。父さんと彼の間には相当深い親交が有ったのだろう。


「イオリさんの親友だと言うんなら、あの人の弓の技術は知っているよな?」

「……ああ! 国王陛下が直々に引き抜いたほどの腕前だ」

「その人が、最強と呼ばれる半獣の管理人と一緒に生者の塔の前に居るんだ。しかも半獣の管理人の正体は草薙クサナギヨウイチ氏だ。州央スオウ騎馬隊の基礎を築いた英雄なんだろう?」

「まさか、あの人が……!?」


 イサハヤ殿の後ろで部下の州央スオウ兵同士が顔を見合わせてた。


「これがどれだけヤバイ状況か解るよな?」

「管理人の各個撃破ができなくなった。それも州央スオウ屈指の名将二名との戦闘……。生者の塔の攻略難度が跳ね上がったということだ」

「その通り。しかもマホを倒したことで管理人に空きができてしまった。管理人というのはな、三人が定数だと決まっているんだとさ」

「つまり?」

「俺達の誰かが死んで、そいつの魂が相応しいと統治者に判断された場合、そいつが次の管理人に選ばれてしまうんだ」

「なんだと……!?」


 初めて管理人の選出について知らされた州央スオウ側は動揺を隠せなかった。桜里オウリ側も既に知っていたこととはいえ、改めて言葉にされると事実の重みに気が滅入って来る。


真木マキさん、俺やあんたが死ねばまず間違い無く管理人に選ばれるだろう。決して自惚うぬぼれで言っている訳じゃないぜ」

「私が死んだら、管理人となって部下を襲うことになるのか……」

「そういうこった。だから俺達は絶対に死ねない。いや、俺達だけじゃない。他の兵士達もここまで生き残って来た猛者もさだ。管理人に選ばれる可能性は大いに有る」

「誰も死ねない……。死なせられない……」

「ああ、解っただろう? 事態は思っていた以上に深刻なんだ。もはや桜里オウリ州央スオウだなんてこだわっている場合じゃない」

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