手と手を取って(一)

 全員が丘を登り切って目的地に到着した。セイヤはさっそく同行者のランをねぎらった。


「文句も言わずに頑張って歩いたな、偉かったぞ」

「えへへ、ランここのやまもせいは」


 前方を見たミユウが舌なめずりをした。


「あらあら、州央スオウにもイイ男が居るんですのね」


 そこには数日前に別れた州央スオウの面々が揃っていて、俺達を出迎えてくれた。

 イサハヤ殿、トモハル、アオイにモリヤ。良かった、全員居る。誰も犠牲にならなかったようだ。

 彼らが武器を地面に置いていることを視認したマサオミ様が、こちらを振り返って号令を出した。


桜里オウリ兵、並びにマヒト、全員武器を下ろせ!」


 命令通りに俺達は携帯していた武器を外した。これで条件は一緒だ。会談のテーブルに付ける。

 マサオミ様が独り、州央スオウ兵の前へ進み出た。


真木マキさん、急に邪魔をしてすまねぇな」


 イサハヤ殿も前へ出た。


「構わないよ上月コウヅキ殿。今の状況を打破する為に、キミは仲間と共に動いたのだろうから」

「ハハッ、それならご期待に添えられそうだぜ」


 まるで二人は旧知の友が再開したかのような雰囲気だった。戦争になる前は共同演習で顔を合わせたことが有ったそうだし、武人として互いを認め合う仲なのだろう。

 そんな二人の元へ俺は歩を進めた。途中でミズキが止めようとしたが、強引に進んだ。俺にはイサハヤ殿に伝えなければならないことが有るのだ。


「エナミ……」


 イサハヤ殿が俺を懐かしむような瞳で見た。彼は俺に対して好意を抱いてくれているように思える。だからこそ、あざむいたままではいけないんだ。

 俺は深呼吸してから口を開いた。


「イサハヤ殿、現世であなたを討ってしまったこと……」

「よせっ、エナミ!」


 意外なことにトモハルが制止して来た。何だ?


「今は余計なことを言わなくていい!」


 …………? まさか、トモハルは……。


「あんた、俺のことをイサハヤ殿に教えてないのか?」


 俺の問い掛けに、トモハルは決まりが悪そうに目を逸らした。間違い無い。この男は助けられたことに恩を感じて、俺のことを黙っていてくれたのだ。

 彼の気遣いはありがたかったが、俺はもう覚悟を決めていた。

 イサハヤ殿の目を真っ直ぐに見て言った。


「イサハヤ殿、あなたを討ってこの世界へ落としたのは俺なんです!」


 驚くかと思ったのだが、イサハヤ殿は表情を変えなかった。

 俺は頭を深く下げた。


「親切にして下さったのに黙っていて、申し訳有りませんでした! 俺の処分についてはお好きなようになさって下さい! 命を差し出せと仰るのなら差し出します! でもどうか、現世に戻るまでは待って下さい!!」


 ランやセイヤ、他のみんなを現世に戻してやりたい。それまでは死ねない、戦い抜くんだ。


「……キミが私を討った射手だということは、最初から判っていたよ」

「えっ!?」


 イサハヤ殿の口から思いもよらない言葉が飛び出したので、俺は顔を上げた。

 イサハヤ殿の顔に憎しみの感情は浮かんでいなかった。逆にいつくしむような視線を俺に注いでいた。


「連隊長は、エナミが仇だとご存知だったのですか? 最初からとは?」


 イサハヤ殿の後ろに控える州央スオウ兵達が驚いた顔をしていた。それはそうだろう。


「最初とは最初だ。エナミがあの森で、私に矢を放つ直前に彼を見た」

「ええっ?」


 あの時!? マサオミ様と戦っていたイサハヤ殿は、俺のことも捉えていたのか!? 


「驚いたよ。殺気を感じて目線を動かしたら、かつての親友の姿がそこに在ったのだから。それで回避行動を取るのが遅れてこのザマだ。鎧のおかげで即死は免れたようだがね」


 俺の射形を美しいと表現したイサハヤ殿。討たれる直前に見ていたのか。


「あの、親友とは……?」

「ああ、エナミ。キミは私の親友だった男によく似ているんだ」


 イサハヤ殿が俺を見て懐かしむ理由が判った。彼は親友と俺を重ねているのだ。

 しかし、俺によく似た男というのは……。


「!」


 イサハヤ殿は州央スオウ兵団の将。そしてマホ様が、俺の父は州央スオウ兵団出身の射手だと教えてくれた。

 まさか……。


「あの、その方のお名前は、騎崎キサキイオリではなかったですか……?」


 イサハヤ殿が目を見開いた。


騎崎キサキの名前をキミの口から聞くことになるとは……。やはりそうだったんだんだな。キミは私の知るエナミだった。イオリの息子の騎崎キサキエナミだったんだ」


 トモハルが俺に聞いた。


「おまえは州央スオウの人間だったのか?」

「判らない……」


 俺は頭を振った。ずっと桜里オウリの国民だと思っていたのに、州央スオウのイサハヤ殿が俺を知っていると言う。自分の居場所が、自分が信じていた事柄がグチャグチャになりそうだった。


「覚えていなくても無理はない。私が最後に会った時、キミは二歳になったばかりだった。その後すぐにイオリと共に国外へ出たからな」


 それは新国王の追っ手から逃れる為? 当時の俺達親子に一体何が遭ったんだ。母は?


「……エナミ、全てを知りたいと願うか?」


 俺とイサハヤ殿はしばし見つめ合い、そして俺は頷いた。


「そうか。では私の知る全てを話そう。だがその前に、私は州央スオウの兵士を率いる者としてまず、桜里オウリの代表と話し合わなければならないことが有る。そうだろう、上月コウヅキ殿」

「ああ、そうだぜ真木マキさん。ここに居る全員の命が掛かった大事な話し合いだ。最優先させなきゃならんことだ」


 マサオミ様は俺に優しく言った。


「エナミ、一旦引いてくれ。後で必ずおまえさんが、真木マキさんと話せる時間を作るから」

「はい……!」


 俺に異存は無かった。今日ここに来たのは州央スオウへ休戦と共闘を持ち掛ける為だ。手を取り合うことができれば、生者の塔の攻略が格段に楽になる。

 会談の成功を願いながら、俺は過去を知りたいという感情を一時抑え込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る