視線の先の希望

 モリヤがアオイの見張り担当場所へ駆けて来た。


「分隊長、一緒に来て……、あれ、中隊長?」


 そこにはアオイとトモハルが並んで座っていた。そんな二人を見てモリヤは違和感を覚えた。アオイはトモハルを毛嫌いしていたはずだった。


「分隊長? あの、大丈夫なんですか?」

「あんたこそ大丈夫? いったいどうしたの?」

「あっ、そうです! とにかくお二人共あちらまでいらして下さい!」


 慌てるモリヤの様子にただ事では無いと二人は感じた。とにかくモリヤの指示に従い、彼が先導する場所まで付いて行った。

 そこはモリヤが見張りをしていた場所だった。イサハヤが立ち姿で崖下を眺めていた。


「連隊長、何事ですか!?」

「来たか。下を見てみろ」


 言われた通りにまずトモハルが崖下を覗いた。


「あれは……!」


 集団がこちらの丘へ向かって、草原を歩いていた。総勢七人、いや八人だろうか。うち四人は赤い軍服を着ていた。


桜里オウリ兵……! まさか、ここへ攻め込むつもりか?」


 トモハルが最悪な想像をしてアオイとモリヤが身構えたが、イサハヤが冷静な意見を述べた。


「いや、小さな子供が混ざっている。おそらく私達が出会ったランと言う子だ。彼らが戦闘を希望するならあの子は置いてから来るだろう」

「……そうですね。あの子供が居るとなると、あれはエナミが居る隊でしょうか」


 イサハヤは目を凝らした。そして最後方にエナミらしき弓兵を見つけて微笑んだ。


(良かった。生きていてくれたか)

「あれ、あの髪は……」


 モリヤが金の髪を持つ人物に目を留めた。統治者の使者であるミユウだった。輝く髪の色は遠目でもよく目立っていた。


「色を抜いたのか? それとも……」

「んん? 州央スオウ兵も混ざっていませんか?」


 トモハルの横からアオイが指摘した。隊の中ほどで人の陰になって見えにくいが、青い軍服を着た小柄な人物が、犬らしい動物と共に歩いていた。


「そのようだな。そして二番手を歩くあの男の装束は……。そうか、上月コウヅキ司令も地獄へ落ちていたのか」

「え、上月コウヅキってどなたですか?」


 マサオミが戦う姿を見ていないアオイが質問して、トモハルが答えた。


上月コウヅキマサオミ、我々が戦った桜里オウリ軍を率いていた司令官だ。将来は桜里オウリの総大将になると評される程の男で、素早い剣技を使うことから流星のマサオミと言う二つ名を持っている」

「流星のマサオミ……。強そうですね、性格は残忍なんですか?」

「好戦的ではある。しかし、捕虜となった私を殺さない決定を下したのは彼だ」

「そうなんだ……」


 トモハルとアオイのやり取りを見てモリヤは驚いていた。

 昨日までアオイは、「寝ている間にトモハルの左右の前髪を引っ張って、ほどけないよう固結びにしたい」と発言するほどに彼を嫌っていたのだ。

 それが今は和気あいあいとまではいかなくても、普通の上司と部下レベルまで距離感が縮んでいた。二人の間に何が有ったのかとモリヤは気になった。


「向こうもこちらに気付いたようですね」


 丘へ近付いた桜里オウリの隊は、隠れずに彼らを見下ろす州央スオウ兵達を見付けた。マサオミが片手を高く上げた。


「手を振っています。振り返しますか?」

「ああ」


 イサハヤが同じように片手を上げた。それから左側を指し示した。丘へ登る道を教えたのだ。


桜里オウリの目的は何でしょう?」

「おそらくは共闘の申し入れだ」

「共闘ですか? 現世で殺し合った我々と!?」


 イサハヤは何度か共闘案を口にしていた。しかし他の州央スオウ兵達は、桜里オウリは信用できないという理由で拒絶していた。


「まさか桜里オウリ側が、自ら我々の元へ来る道を選ぶなんて……」

「過酷な条件下では、敵と手を組むのもやむなしという考えが出てもおかしくない。おまえだって、エナミ達と協力して管理人を追い払ったのだろう?」


 イサハヤに言われてトモハルは下を向いた。


(連隊長は協力という表現を使って下さったが、あれは私が桜里オウリ兵に助けられたのだ。でもそうか、敵兵の危機に駆け付けてくれるようなお人好し集団なら、共闘という手段も有りなのか)


 イサハヤは全員に問い掛けた。


「私の予想通りに桜里オウリが共闘を申し出て来たとして、おまえ達はどうしたい?」

「!…………」

「ふ、急に答えは出せないか。では考えろ。共同戦線を張るには互いを信頼し合わなければならない。これから桜里オウリ側と話し合うが、彼らが信頼に足る人物かどうか、よく見極めるんだ」

「……はい!」


 トモハルが返事をして、アオイとモリヤも頷いた。


「よし。では会談の場へ向かおう」


 州央スオウ兵達は丘の上の開けた場所へ出て武器を置いた。あちらは崖下で子供が居るというのに無防備な姿を晒した。敵意が無いことを示す為だ。ならばこちらも同じようにしなければ。

 丘を登った桜里オウリ隊の姿がゆっくりと見えて来た。自然と緊張感が高まっていく。


 しかし希望も有った。ここ数日間変化が起きず、身体は休めたが精神的な疲労が溜まっていた。

 現世に戻る為に現状を変えたい。州央スオウ兵達は桜里オウリとの会談に、明るい可能性を見い出したいと思っていた。

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