分隊長と中隊長(二)
過去にばかり思いを
(……ふん!)
アオイは二人に背を向けて座り、崖の下の監視に集中することにした。
眼下には茶色のゴツゴツとした大地が広がり、その向こうには最終目的地、生者の塔が建つ盆地エリアが在った。
(いつになったら現世に帰られるんだろう。私やモリヤの身体、それまで
彼女の記憶には無いが、カザシロの戦いで重傷を負ったアオイとモリヤは、森を抜け出た時に出会った味方兵士達によって砦へ運ばれて手当てを受けた。そのおかげで未だに生き続けることができている。
(誰か早く通り掛かってくれたらいいのに。無駄に時間ばっかり過ぎていくよ)
「アオイ分隊長」
「ひゃいっ!?」
考えごとの最中に背後から急に声を掛けられて、アオイは間抜けな返事をしてしまった。
振り返った先には金魚のフンが居た。
「げ……、いえ、中隊長、何かご用ですか?」
トモハルはイサハヤの傍に居たはずなのに。アオイは辺りをキョロキョロ見渡した。
「連隊長はどうされました?」
「モリヤに話が有るそうで、あちらへ行かれたよ」
(なんてこと。連隊長が一緒ならまだしも、中隊長と二人きりにはなりたくないわ)
「隣を失礼するよ」
(はい!?)
トモハルはアオイと並んで腰掛けた。彼の長い前髪がプルンと揺れた。
「……すまなかった」
「え?」
アオイは目をパチクリさせた。
「何がでしょう?」
「私の判断ミスで多くの部下を死なせて、キミ達にもつらく不自由な生活をさせている」
アオイは耳を疑った。
(今この人、ミスを認めたの?)
軍のお偉いさんは失敗を隠そうとするものだ。自分のミスを部下に擦り付けたり、書類を
トモハルはそれほど高官ではないが、実家は
(それにすまなかったって、私に謝ったの? 何の後ろ盾も無い分隊長に過ぎない私に?)
呆気に取られたアオイをよそに、トモハルの唇は更に信じられない言葉を
「生きていてくれて、ありがとう」
(はあっ!?)
驚いたアオイは三角座りの態勢のまま横へ転がりそうになった。屈辱にもトモハルに腕を引かれて倒れずに済んだ。
「おい、大丈夫か?」
「平気です! それに、わ、私が生きているのは……」
単に自分が死にたくなかったから、そう言おうとしてアオイはやめた。
思い出したのだ。地獄でモリヤと再会した時のことを。
(私もモリヤがまだ生きていると知った時、泣くほど嬉しかった……)
地獄へ落ちてからアオイは死んだ部下に毎日懺悔をしていた。助けられなかった己の無力さを責めながら。
(中隊長にとって私とモリヤは唯一生き残った部下だ。この人も私と同じ気持ちなの?)
アオイはトモハルの顔をまじまじと眺めた。
(もっと偉そうで高圧的な人だと思っていたのに……)
目の前の男の眼差しは彼女を気遣っていた。そして彼女の腕を掴む手は逞しく、固かった。毎日武器を振って鍛錬を欠かさない戦士の手だ。
(大臣の息子さんだって聞いたけど……、ちゃんと努力する人なのね)
アオイは佇まいを正した。
「……私が生きているのは、まだやるべきことが残っているからです。それが有る限り、私は決して死にません」
前向きなアオイの言葉を聞いて、トモハルは安堵した。彼女がやけっぱちになっていないか、この男なりにずっと心配していたのだ。
「そうか。差し障りが無ければ、その目標を聞いて構わないか?」
「金稼ぎです」
「…………ん?」
「私の実家は貧乏なんです。妹が二人も居るのに、このままでは結婚資金もままなりません」
アオイは握りこぶしを造った。
「ですから長女の私が稼いで稼いで稼ぎまくらないと! 軍には他の仕事に比べて待遇が良いので入りました!」
「待遇……、いいか?」
引き気味のトモハルにアオイは熱い主張をぶつけた。
「いいですよ! お針子の給金をご存知ですか? ただでさえ低いのにどれだけ縫えたかの歩合制だし、それも店主のさじ加減なんですよ。民間で働くとですね、不景気とか理由を付けられて給料未払いの月も有るんです!」
「そうなのか……」
「その点、軍は最低でも基本給が毎月支払われますからね。三食付きですし、食いっぱぐれないのが最大の魅力です!」
「…………くっ」
トモハルがプルプル震え出した。前髪も一緒に。
「どうしました? 中隊ちょ……」
「はははははは!」
大声で笑い出したトモハルにビックリして、アオイはまた転がりそうになった。今度もトモハルが引っ張ってくれた。
「いや、失礼。ぷくくく……」
「あの、何か私おかしな発言をしましたでしょうか?」
「くくっ……、いや、気にしないでくれたまえ」
(気にしないでって、笑いが止まらない上官を前にしたら部下は気にするでしょーよ)
アオイは笑い続けるトモハルに対して苛ついた。
しかし不思議なことに、一緒に居たくないという気持ちはもう無くなっていた。
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