統治する者の使い(二)

「す、すげぇ、この姉ちゃん頭が金ピカだぞ! 目も晴れた日の空みたいに青い!!」


 興奮しながらマヒトが女の周りをグルグル回り出した。物珍しさで警戒心を完全に無くしたようだ。

 新国王の方針で、州央スオウには桜里オウリ以上に異国の人間が入り込んでいるはずだが、マヒトの村を訪れる旅人までは居なかったのだろう。彼は過疎化が進む限界集落の出身だから。

 しかし自分と違うからと相手をジロジロ見る行為はとても失礼だ。そろそろやめろ。


「何ですの? このお猿さんは?」


 笑顔だが女の眉間に皺が刻まれた。案の定だ。彼女は自分の周囲をチョロチョロ動き回っては、不躾ぶしつけな視線を浴びせて来るマヒトに苛ついたようだ。


「俺は猿じゃないぜ、マヒトだ!」

「そうですの。わたくしはミユウですわ」

「おう、さっき聞いたぜ!」

「………………チッ」


 女、……ミユウの舌打ちが聞こえた気がした。マサオミ様が苦笑した。


「マヒト、ちぃーっと下がっていてくれ。話が進まねぇ」

「解ったぜ大将さん。用が有ったら呼んでくれよな!」


 素直な所は評価できる。


「さてと……、ミユウさんとやら。俺達に何の用かな?」

あるじ様に言われて参りましたの」

「主様?」

「ええ。地獄を統治するお方ですわ」

「!?」


 ミユウはとんでもないことを言い出した。


「……それは案内人が言っていた、地獄の統治者、大いなる存在というあのお方かい?」

「その通りですわ」


 話を聞いていた俺の中に緊張感が蘇った。他の者もそうだっただろう。


「あんたは……、統治者とはいったい何なんだ? 神と呼ばれる存在なのか?」

「主様のことはもちろん、わたくしの素性についても申し上げられません。わたくしは主様の使いの者。それ以上でもそれ以下でもありません」

「いきなり統治者だ、使者だなんて言われて信じろと?」

「事実ですもの。主様は短期間で管理人を倒した皆さんに興味深々ですの」


 管理人。マホ様のことだ。


「管理人になる魂を選別なさっているのは主様です。相応しい魂に神器を与えて能力も上げたというのに、皆さんに簡単に倒されてしまったでしょう?」

「なるほど……」


 マサオミ様は鋭い眼差しをミユウに向けた。


「計画を狂わされて主様はご立腹という訳か。それでどうする気だい?」

「フフフ、その視線ゾクゾク致しますけれど、そんなに身構えなくても大丈夫ですわよ。先ほども申しましたが、主様は皆さんに興味を持たれただけ。どうこうするおつもりは無いと思いますわ」


 情けないがミユウの言葉に俺は安堵した。大いなる存在と敵対する事態は絶対に避けたい。


「主様はわたくしに命じられましたの。しばらく皆さんに同行して様子を見て来いと」

「はん? 同行する?」

「ええ。邪魔は致しませんわ。協力も致しませんけれど」

「完全なる傍観者ぼうかんしゃということか」

「そうですわ。ちなみにこれはもう決定事項ですので、苦情の類は一切受け付けませんのであしからず」

「……………………」

「あの……」


 俺は小さく手を挙げて発言した。


「俺達の様子を知りたいなら、案内人から情報を受け取ればいいだけなんじゃないかな……」


 統治者はマホ様の死もすぐに感知したのだ。わざわざ使者を同行させて観察など回りくどいことをさせなくても。


「フフッ、良い所に気付きましたわね。あなたも素敵ですわよ」


 何なんだこの女。ミズキ、マサオミ様に続いて、俺にまで色目を使ってきやがった。


「わ、な、何だよトオコ」

「……別に」


 声のした方を横目で窺うと、トオコがセイヤと腕を組んでいた。ミユウの毒牙にセイヤが掛からないように牽制したのだろう。

 ミユウはそんな彼らに、フッと余裕の笑みを見せつけてから続けた。


「でも駄目ですの。そこに居る案内人は、どうやら皆さんに感情移入してしまっているようですから。それでは正確な情報になりませんの」


 案内鳥は気まずそうに目を伏せた。確かに最近の彼はランだけではなく俺達にも親切だ。公正な判断を下せなくなるほどに、俺達に心を許しているのだろうか?


「ですからわたくしが、第一階層まで上がって来る羽目になったのですわ」

「普段は下の階層に?」

「ええ。深い深い地の底、深淵に」


 ミユウが怪しく笑い、俺はゾッとした。俺もいつか死んで深淵とやらへ沈むのだろうか?


「質問はもう終わりですの? でしたら後は好きになさって。わたくしは勝手に付いて行きますからお構いなく」


 ミユウが無理矢理、隊に加わった。

 マサオミ様は深い溜め息を吐いたが、当初の予定を優先させることにしたようだ。


「……草原を抜けて、丘へ向かうぞ」

「フフフ、ピクニックみたいですわね」

「隊列は下山の時と同じ。兵士がランとトオコを挟む形で進む」

「わたくしはそうね、あなたのお隣を歩きますわ」


 ミユウはミズキと並んで歩き出した。露骨に嫌な顔をした彼に猫なで声で話し掛けた。


「その表情もイイですわね。わたくし、美しいものが大好きなんですの。あなたのお名前は?」

「……………………」

「お・な・ま・え・は?」

「……ミズキだ」

「あら素敵なお名前。涼し気で賢そうで、あなたにピッタリですわね」


 何故か傍観者に徹する予定のミユウが一番はしゃいでいた。疲れる女だ。

 とりあえずは敵対することが無いようだが、トラブルメーカーになりそうな予感がする。俺は先行きが不安だった。

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