想うところ(二)

 俺は後ろへ、ミズキから大股で一歩分離れた。


「ミズキ、士官学校や軍隊でもこうなのか?」

「何が?」


 軍は男所帯のせいか男色が多いと聞く。華奢きゃしゃなミズキがこんな態度を取れば、荒ぶる男どもは誘っていると大いに勘違いして、即ミズキに襲い掛かるのではないだろうか? 上官に迫られたら拒絶しにくいだろうに。


「ええと、俺にしたみたいに、すぐ傍で話したり親切にしてくれたり……。他の連中にも同じことをしているのか?」

「いや。入団してからそれほど親しい相手ができなかったから、こんな風に二人きりで、個人的な会話をすることはまず無いな」


 俺はホッとした。孤高の天才剣士で良かった。彼の貞操は今のところは無事らしい。


「どうして俺には距離が近いんだ?」

「そうだな……。おまえとは地獄に落ちてからというもの、いつも背中を預けてきた戦友と言う間柄だからかな。多少は気を許しているんだろう」


 まるで他人事のような客観的な意見だ。無意識の距離詰めとボディタッチは危険だな。忠告しておくか。


「あのな、これからは俺以外の人間とも親交を深めるだろうけど、接近したり相手の瞳を覗き込んだりは、できるだけ避けた方がいいぞ」

「何故だ?」

「あんた凄く綺麗なんだよ」

「!?」

「男同士でもドキドキする。自分が魅力的な人間だってこと、ちゃんと自覚しような。あ、でも、俺を心配してくれたことには感謝している。ありがとう」


 礼を言ってから俺はおや、と思った。冷静なミズキが頬を赤く染めていたのだ。これはどういう現象だろう? 男に対して綺麗だなんて言ったから怒っているのか?


「ごめん、気に障ることを言ってしまったか?」

「……いや、そうじゃない」


 そうだな。普段の彼なら「正気か?」と吐き捨てたり、刀に手を掛けているところだ。怒ってはいないようで何より。だがそれならどうしたんだろう?


「……マサオミ様は俺が見ている。おまえも中腹まで戻って休め」


 休まなくても大丈夫だよ、と言い返すのをやめた。耳まで赤くなったミズキが顔を背けたからだ。これは俺に立ち去ってもらいたいという意思表示なのだろう。


「じゃあお言葉に甘えて。夜の見張りは俺がやるからな?」

「ああ……」


 俺は首を傾げながら山道を登った。変なの。



☆☆☆



 西の空がほのかに赤く染まる頃に、マサオミ様はミズキを伴って山の中腹に居る俺達の元へ戻って来た。

 マサオミ様は決まりが悪そうに頭を掻いてから、集まったみんなの中心に座った。


「昨日に引き続いて今日も、俺のせいで時間を潰してしまってすまなかったな」

「そんな、気になさらないで下さい」

「そうですよ! どうせ俺達だけじゃ生者の塔の怪物に勝ち目無いですから!」

「それなんだがな……」


 マサオミ様は真剣な面持ちで述べた。


「最強の管理人とエナミの親父さんが組んだ今、現戦力で全員無事に現世に帰ることは極めて困難だと思う」

「はい……」


 ここでトオコがまた余計なことを言い出した。


「それなら、アタシの命を使って下さい!」

「おい、トオコ……」


 俺が遮るよりも早く、トオコはマサオミ様に提案した。かつてミズキにしたと同じことを。


「アタシ、病気で先が無いんです。同じ死ぬんなら、親切にしてくれたみんなの為にこの命を使いたいです!」


 怪訝けげんそうにマサオミ様が聞き返した。


「……使うって何だ? トオコ、おまえさんは何を言っている?」

「生者の塔の前で囮をやります! アタシが管理人の注意を引き付けてる間に、みんなは塔まで走って下さい!」

「馬鹿野郎!!」


 セイヤの怒鳴り声が場に響いた。怯えて耳を塞いだランを俺は抱きしめた。


「邪魔しないでセイヤ。アタシの命なの。アタシの好きに使わせてちょうだい」

「それで俺達の為に犠牲になるのか!? 俺達の為に命を差し出すのか!? ふざけんな、俺は絶対に受け取らないからな!」

「アナタ達にはまだ先が有るのよ。アタシと違って……」

「あんただってまだ生きてるだろうが!!」


 温厚なセイヤが本気で怒っていた。


「死ぬ死ぬってな、みんなそうなんだよ! 俺達だっていつかは死ぬんだ。誰だって死ぬ時は必ず来るんだよ。だったらそれまでを丁寧に生きろ! 存在している限り一秒一秒を精一杯過ごせ! それが生きている者の責任なんだよ!!」

「セイヤ……」


 丁寧に生きろ。この言葉は俺にも響いた。俺は自分の人生に責任を持てているだろうか?


「トオコよ、そいつの言う通りだ。マホの為なら死んでもいいと思った俺は説教できる立場に無いが、今は生きなきゃならんと強く思っている。いつか下であいつに再会した時に怒られないようにさ。生きている間は精一杯頑張らねーとな」


 マサオミ様にも諭されて、トオコはこくんと頷いた。


「よし、話を戻すぞ。俺達に必要なのは戦力の増強だ。単純にもっと仲間が欲しい」

「ですがマサオミ様、案内人に聞いたところ、第一階層に落ちた他の桜里オウリ兵は全滅したそうです」


 ミズキはそう言ったが、俺は案内鳥と別れた時のことを思い出していた。


「案内人はまた新しい魂が落ちたと言っていました。それが桜里オウリの兵かどうかは判りませんが……」

「ああ、そういえば。マホと戦う直前のことだな」

「はい。案内人はさり気なく、落ちた魂をこちらへ誘導してくれているようです。前回は俺の父親にすぐに討たれてしまいましたが、今は生者の塔が在る盆地エリア以外に管理人が居ないので、スムーズにこちらへ移動できるはずです」

「それはいいな。問題は何人増えるかという点だな」

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