想うところ(一)

「ミズキ、あんたも来たのか?」


 万が一の敵襲に備えて少し登った先で待機していた俺とマヒトの元へ、マサオミ様の護衛として残っていたミズキが歩いて来た。残りのメンバーはいつもの中腹まで戻っている。


「ああ。お独りになりたいそうだ」

「……そっか。ま、管理人の襲来は無いだろうし、ここから見張って獣が近付いて来たら俺がすぐにかけるよ」

「そうしてくれ。それはそうと……」


 ミズキはマヒトへ視線を移した。


「マヒト、おまえが居てくれるのは助かるが、州央スオウの隊と合流しなくていいのか?」


 ミズキの言う通りだった。のんびりしていたらまた日が暮れる。合流する気が有るのなら、今すぐここをつべきだ。


「……おまえ達は今夜もここで寝るのか?」

「そうなるだろうな。俺達の行動は、マサオミ様の回復を待ってからになる」


 身体だけではなく、心の回復も。


「なら俺も付き合ってやるよ」

「うん? いいのか?」

「俺が居ると助かるらしいからな。頼られちゃあ仕方が無い」


 よく分からないが、マヒトはここが気に入ったらしい。桜里オウリの人間が揃った中で居心地が悪くはないのかな? ミズキと斬り合ったことに関してはどう思っているのだろう?

 協力的な限りはどれだけ居ても構わないけどさ。


「おまえの短刀、どうなっているんだ?」


 ふと思い出したようにミズキが切り出した。


「さっきの戦闘で、投擲とうてき武器みたいに扱っていただろう? 以前俺達と戦った時には見せなかった技だ」


 それは俺も気になっていた。


「戻って来るように、特殊なエッジでも付いているのか?」

「付いた」

「はい?」


 マヒトは短刀を抜いて俺達に見せた。前に見た時より湾曲している気がする。


「形が少し変わったんだ。あと、ここの部分が少し重くなった。それで戻って来るようになったんだと思う」

「ええ!? 何でだよ?」

「そう願ったからじゃね?」

「んん?」

「セイタ……セイヤだっけ? あいつが言ってたじゃん。思い込みで装備品が変わるって」

「夕べの話か……? そういえばおまえ、投げられる武器が欲しいとか言っていたな?」

「うん。でも俺もキレーな兄ちゃんと一緒で弓が苦手だし、短刀は投げたらそれで終わりだろ? だから投げても俺の元に戻って来る武器が欲しかったんだ。そう思ってたらコレが変形した」


 俺とミズキは呆気に取られた。夕べの話はあくまでも可能性の段階を出ていなかった。でもマヒトは信じたのだ。そして変化が起こった。


「願わなければ、奇跡は起きないということか」

「たださ、せっかく戻って来るようになったのに、俺キャッチできないんだよな~」


 自分が投げた短刀から必死に逃げ回っていたな。


「そこはもう、練習有るのみでは」

「やっぱそうか。今は片方投げるだけで精一杯だけどせっかくなら双剣、両方使えるようになりたいし。よし、暗くなるまで人が居ない所で練習してくるよ」

「頑張れ。あと俺の名前はミズキだ。キレーな兄ちゃんはやめてくれ」

「急に仲間がいっぱい増えたからさ、名前が一発で覚えられねぇんだよ」


 身体的特徴で覚えようとすることは俺にも有るが、キレーな兄ちゃんはあんまりだな。


「ミズキ……ミズキっと。じゃあ俺は練習しに行くわ!」

「身体に刺さらないように気を付けろよ。この世界なら多少の怪我は回復するが、脳天に刺さったら流石に死ぬぞ」

「おうよ! またな!」


 マヒトはまたもや駆け足で山道を登って行った。あの調子だと頂上まで行くつもりだな。若い。


「すげーな、あいつ。何とかの一念、岩をも通すと言うが」

「……ああ」

「俺も近距離用の武器を願って出しておくべきなのかな。仕留めた獣の解体用ナイフは持ってるんだけどさ、リーチが短いから攻撃に適してないんだよ。あんたらみたいな長刀なら……ああでも、近距離での戦い方を学んでいないから無駄になるかな」

「……そうかもな」


 何だろう、ミズキの反応が鈍くなった。


「ミズキ、どうかしたのか?」


 ミズキは俺の顔をじっと見つめた。何だ?


「エナミ、おまえ無理をしていないか?」

「え……」

「マホ様と自分の父親を重ね合わせたんじゃないのか?」

「!……」


 俺は顔を伏せた。


「……それは、そうだ。どうしたって父さんのことを思い出してしまう」


 人格を取り戻してもすぐに訪れる別れ。俺はその瞬間を耐えられるのだろうか?

 ……無理だろう。あのマサオミ様すら取り乱したんだ。

 父さんを解放したい。でもその時が来ることがとても怖い。


「迷わないと決めたはずのに、結局思考が堂々巡りしている……」

「だったら、落ち込んでいてもいいんだ。無理に明るく振る舞うことはない」

「ミズキ……」


 気遣ってくれる仲間の存在がありがたかった。

 しかし目線を上げた俺は仰天した。ミズキの整った顔が俺の顔のすぐ傍に在ったのだ。背の高い彼が、目線を合わせる為に少し屈んでくれたらしいのだが……。


「ち、近い」


 まず出た感想がそれだ。ゼロ距離で顔を突き合わせるのは非常に気まずい。ミズキは平気なようで、俺の瞳をグイグイ覗き込んで来た。


「おまえはずっと誰かの為に行動して来た。たまには自分のことを考えるべきだ」

「あの」

「サボるとか手を抜くとか、考えたこと無いだろう?」


 至近距離なので話す度にミズキの吐息が俺に掛かった。温かいそれを浴びて脳がクラクラして来る。

 ミズキは俺の上腕をパンパンと軽く叩いた。


「少しくらいサボったって、誰もおまえを責めないさ。肩の力を抜け」


 肩の力を抜くどころか腰が抜けそうなんですけど。綺麗な顔というのは破壊力が半端ないな。


「ん? どうした、顔が赤いぞ」


 間違い無くあんたのせいだ。

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