マサオミとマホ(五)

「ええと……、有名な人なのですか?」


 草薙クサナギヨウイチと言う人物について知識の無かった俺は素直に尋ねるしかなかった。


「ああ。俺の爺さん世代の英雄だよ。おまえさんはミユウの連合戦について知っているか?」

「いいえ」

「六十年ちょっと前にな、海の向こうからイザーカ国がさ、当時では最新鋭の軍船に乗って桜里オウリに攻めて来たことが有ったんだよ。その時の……、すまんミズキ、後は頼む」


 説明が苦手らしいマサオミ様はミズキにバトンタッチした。


「……イザーカの軍船が横付けしたのは、ミユウ平原に隣接した海岸だった。宣戦布告無しの突然の敵襲に桜里オウリは混乱して、イザーカ軍とまともに戦えなかったそうだ」


 イザーカ……。背が高くて髪と瞳の色が鮮やかなあの人達が住む国だよな? 今は友好国で、田舎でも旅の商人をチラホラ見掛けるのに。知らなかった、昔あの国、桜里オウリと戦争していたんだ。


「そんな桜里オウリの窮地に駆け付けたのが、同盟国であった州央スオウの軍隊だ。州央スオウとしては、桜里オウリが落とされたら次は隣国の自分達だという焦りが有っての行動だろうが、なんと軍の総大将であるヨウイチ氏自らが、直属の騎馬兵団を率いて来てくれたんだ」

「騎馬兵……」


 最後の管理人が半人半獣なのはそのせいか?


「ヨウイチ氏と彼の部下は、鬼神の如き強さを発揮したらしい。上陸したイザーカ兵を徹底的に殲滅せんめつした。恐れをなしたイザーカ軍は撤退。桜里オウリに平和が戻ったんだ」

「そのヨウイチ氏が、どうしてカザシロ地方の下に当たるここで、管理人なんかをしているんだ?」

「ミユウ地方の名称が変わったからだ。たくさんの人間の血が流れた土地は不吉の象徴だと忌み嫌われる。そこで新名称が付けられた。風が悪いものを吹き飛ばして、まっさらにしてくれるようにと」

「まさか、それ……」


 ミズキは頷いた。


「ああ。ミユウ地方の現在の呼び名は、カザシロ地方だ」


 カザシロ地方。六十年と少し前に、桜里オウリ州央スオウに助けられて異国を撃退した土地。そこで俺達はまた戦争をしている。


「同じ場所で、今度は味方だった州央スオウと戦うことになるなんて、そんなの……」

「気持ちは理解できる。時の流れは残酷だ」

「ミズキはすげぇな、そんな昔のことをよく知ってるな?」


 セイヤが感心した。


「正規兵は全員座学で、ミユウの連合戦について学ぶんだ」

「ヨウイチ氏はミユウの連合戦? それで討ち死にされたんだな?」

「いいや、無事に生き残られた。その戦いの後、年齢的な理由でヨウイチ氏は軍を退団されたんだが、桜里オウリの国王陛下が度々彼を国に招いてな、兵の指導に協力してもらっていたそうだ。ヨウイチ氏は来訪時に事故に遭われて亡くなられた」


 戦争を生き抜いた英雄が事故で命を落としたのか。惜しい人を。


「カザシロ地方に来訪していた時だよな? 演習でもしていたのか?」

「ああ。カザシロ平原は軍の展開に適した地形だからな。その分、他国からの侵略も受け易い訳だが」

「だから俺は、カザシロ兵団詰所の規模を大きくして、末比マツビの街にも外壁を築いた上で兵を駐屯させるべきだと、常々上に進言しているんだ!」


 マサオミ様が憤慨して言った。


「それをあの平和ボケしたジジイ共、六十年間何も無かったからって、この先も安泰だと思ってやがった」


 ジジイ共とは、軍の高官か政治に携わる大臣のことだろう。


「現に州央スオウに攻め込まれたじゃねーか。なぁ、マホ」


 マサオミ様は横のマホ様に視線を移して固まった。


「……マホ?」


 うつむきがちなマホ様の顔色が、紙のように白かった。


「おい、マホ、大丈夫か?」


 マサオミ様は愛する人を抱き寄せた。しかしそれは、決して幸せな抱擁にはならなかった。


「何だよ、何でこんなに身体が冷えているんだよ!? おい!」

「マホ様!?」


 みんなが心配して見守る中、マホ様の唇は絶望的な台詞を紡いだ。


「マサオミ……、お別れの時が来たようです」


 その言葉を受けて全員が息を呑んだ。

 別れ。とても哀しい現実を俺達は突き付けられた。マホ様の体内に蓄積されていた仮面の生命エネルギーが、尽きようとしているのだ。


「何言ってる! 一日は一緒に居られるはずだろう!? 案内人にそう聞いたぞ!」

「長い期間管理人をしていた者ならそうでしょう。ですが私はたったの四日間……。仮面から受け取っていた命の力が少なかったんです」


 案内鳥も、ってせいぜい一日だと言っていた。それにマホ様は俺達を守る為に父さんと戦ってくれた。あれで力を余分に使ってしまったのかもしれない。


「そんな! そんなことは認めねぇ!!」

「こうしている今も、身体からどんどん力が抜けていく……。それを感じます」


 だからマホ様は俺達への説明を急いだのだ。

 逝かせまいとマサオミ様は力任せに抱き締めたが、マホ様の身体はぐったりとしていた。


「マホ、頑張れ! おまえは強い女だ。地獄の決まりごとなんかに負けるな!」


 マホ様はマサオミ様の背中に手を回して、優しく彼を抱きしめ返した。


「ふふ、もう……。腕を動かすことさえ困難になってきました……」

「マホ、駄目だ……、まだ逝くな!」

「ありがとうマサオミ……。管理人として対峙していた時も、貴方の声はずっと聞こえていました。私を呼んでくれて、求めてくれてありがとう……」

「礼は言うな! 言うんじゃねぇよこん畜生!!」


 マサオミ様は解っていた。これが別れの挨拶だと。

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