マサオミとマホ(四)

「ざまぁねえな。こんなにボロボロにされちまうとは」


 マホ様とミズキから手当を受けるマサオミ様が自嘲した。


「本当ならマホと二人きりで積もる話でもしたいところだが、それも怪我が治るまで、あと数時間はお預けか」


 そうだな。セイヤの状態が落ち着いたら邪魔者は退散して、二人だけで過ごしてもらおう。俺はそう思ったのだがマホ様の表情が陰った。どうしたのだろう?


「怪我が治るまでの時間に、お話ししておきたいことが有ります。お仲間はこれで全員ですか?」

「民間人が二人に、言葉を理解する狼が居ますが……」

「すみませんが残りの人を呼んで来て頂けますか? 第一階層を生き残る為の情報ですから、全員で共有した方が宜しいかと」

「よっしゃ、俺が呼んで来るよ!」


 マヒトが元気良く山道を駆け登って行った。あいつは疲れ知らずだな。


「マホ、顔色が悪いぞ。つらいのか?」

「貴方ほどじゃないですよ。大丈夫です」


 マヒトはすぐに残りの仲間達を引き連れて降りて来た。彼らも俺達を心配して、下の方へ移動していたらしい。


「キャアッ、セイヤ! 大将さん!!」


 トオコが寝そべるセイヤと、血まみれのマサオミ様を見て悲鳴を上げた。


「セイヤは脳震盪だ。あまり騒がないでやってくれ」

「わ、解ったわ……。ごめんなさい」


 ヨモギは俺に擦り寄り、ランは血に怯えてトオコの陰に引っ込んだ。そんなランをマホ様は懐かしむように見つめた。彼女も母親だと聞いた。きっと現世に残した自分の子供を思い出したのだろう。


「これで全員ですね。ではお話しします」


 俺達はマホ様を囲むように座った。


「私が持っているのは、管理人の個人情報です。これは案内人も知らないことだと思います」

「管理人の……?」

「はい。名前や出自、得意な戦い方など様々です。仮面同士が連携し易くする為にだと思いますが、仮面を通して私の脳にも情報が流れて来ました」

「おまえ、仮面と情報を共有していたのか? まさか、俺達と戦ったことも……?」


 マホ様はマサオミ様に頷いた。


「脳の命令系統は仮面に抑えられていましたが、意識は有りました。自分の望み通りに動くことはできませんでしたが、私が管理人になってからのことは全て覚えています」


 そんな。では靴職人の青年を殺めたことも覚えているのか。同胞のか弱き青年。彼の首を切った時、マホ様はどれだけ苦悩したのだろう。

 俺の思考を読んだかのように、マホ様は俺に儚げな笑顔を見せた。


「私のことは気にしないで。それよりもエナミ、ですよね? あなたは私に聞きたいことが有るのではないですか?」

「マホ様……」


 彼女が管理人の情報を持っているのなら、聞きたいことは当然父さんのことだ。


「射手の管理人、彼のことを教えて下さい」

「ええ。彼の名前は騎崎キサキイオリです。あなたは彼を父さんと呼んでいましたね……」


 イオリ……。やはりそうだった。あの管理人は父さんだった。覚悟はしていたがハッキリ肯定されるとショックだった。

 それに騎崎キサキとは?


「イオリは亡くなった父の名です。でも騎崎キサキという姓には聞き覚えが有りません」

騎崎キサキイオリは、州央スオウの現国王が王太子だった時代に専属で雇われていた、兵団出身の凄腕の狙撃手です」

「!?」

「は? 州央スオウ!?」


 横になっていたセイヤが驚愕の眼差しを俺へ向けた。


州央スオウ……?」


 俺も驚いていた。父さんは州央スオウの人間だったのか? ……俺も?

 桜里オウリのエナミ。それが俺だったはずだろう?


「父が州央スオウ出身だとして、どうして桜里オウリに?」


 俺の頭は混乱していた。マホ様に質問し続けるしかなかった。


「国の暗部に関わってしまったからです。彼は命令で、王太子の政敵を暗殺する任に就いていました」

「暗殺……。 父さんは暗殺者だったんですか!?」

「おいエナミ、暗殺者ってのは悪いイメージかもしれねぇが、国にとっての必要悪だ。桜里オウリにだって存在する」

「そうです。あなたのお父様は任務に忠実だっただけです」


 マサオミ様とマホ様に慰められたが、俺の気持ちは浮上しなかった。クールな性格だったが俺には優しかった父さん。普通の狩人だと思っていた。人を殺したのは盗賊団に襲われた、あの時が初めてだと……。


「王太子は邪魔な政敵を全て葬った後、今度はお父様の口を塞ごうと考えたのです。身の危険を感じたお父様は幼いあなたを伴い、国外へ脱出しました」

「じゃあ、父が俺を連れて各地を転々としていたのは……」

「追っ手をく為でしょうね」

「そうだったんだ……」

「しかし、桜里オウリに逃れても王太子は諦めませんでした。配下の者を桜里オウリに潜入させ、ずっとお父様の行方を追っていたのです」

「え……」


 マホ様は目を伏せた。


「そして、ついにお父様は見つかってしまいました。五年前のことです」

「五年前……まさか!」

「王太子の手の者は野盗を装ってお父様を襲ったのです。多勢に無勢、お父様は討たれてしまいました」

「そんな! 父を襲った盗賊団は、州央スオウの間者だったんですか!?」

「ひでぇよ! 国の為に尽くしたイオリおじさんを、用済みになったから殺したっていうのかよ!!」


 セイヤが俺以上に怒ってくれた。おかげで少しだけ冷静になれた。


「……父が地獄へ来た経緯は解りました。父は今、生者の塔に居るのでしょうか?」

「ええ。そこをあなた達との決戦の舞台に選んだようです」

「……………………」

「生者の塔には半人半獣の管理人も居るよな? そいつは生前何をしていたんだ? やはり武人か?」


 黙ってしまった俺に代わり、マサオミ様が最後の管理人について尋ねた。


「彼は……、かつて州央スオウ軍で総大将を務めていた、草薙クサナギヨウイチ殿です」


 マサオミ様は目を丸くした。


「はぁっ!? 草薙クサナギヨウイチだって!? よりによってあの人かよ!?」

「あの伝説の騎馬兵だったヨウイチ氏ですか!?」


 ミズキも大声と共に身を乗り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る