マサオミとマホ(三)
しかし形勢不利を悟った父さんの仮面は、逃げの態勢に入ってしまった。
何度目かのマホ様の攻撃で弾き飛ばされた父さんは、そのままマホ様よりだいぶ離れた先まで飛んだ。そして一方向を指差した。
「……?」
草原の向こう、高台の更に向こう。生者の塔が在る方向だった。
俺達を残して父さんは、雲の中ではなく生者の塔方向へ飛び去った。すぐにその姿は小さくなって見えなくなった。
「何だ……?」
父さんを逃がしてしまったのは残念だが、傷付いた仲間が居る中で深追いはできない。父さんに関しては次の機会を待つことにして、今は危機を回避できたことを喜ぼう。
それはそれとして、俺の中には父さんの先ほどの行動に対しての疑問が残った。
「あの指差しはどういう意味だ?」
ミズキが意見を述べた。
「あそこで待つ、そう意思表示をしたのだと俺には思えた」
「あっちに在るのは生者の塔だよな?」
「ああ。マホ様が解放されて管理人の数が減った。自分一人では俺達の相手は手に余るので、半人半獣の管理人と組んで迎え討つもりなんだろう」
「半獣の管理人は一人でも桁外れに強いんだよな? そこに父さんも加わるのか……?」
「しかし二人の管理人が生者の塔で待機するなら、他のエリアが全て安全地帯になる」
「ああ、そうか。悪いことばかりじゃ無いのか」
生者の塔での決戦は死闘となるだろうが、そこまではランとトオコが安全に移動できるんだ。
「マホ!」
地上のマサオミ様が空中のマホ様に呼び掛けた。マホ様はマサオミ様へ顔を向けた。
俺の視界の隅には、マヒトに支えられながら起き上がるセイヤの姿も在った。良かった、あいつの怪我も大したことなさそうだ。安堵したら力が抜けた。
「降りて来い、マホ!」
よろよろと立ち上がるマサオミ様の近くに、マホ様は美しい姿勢で降り立った。まさに天女だ。
「マホ……!」
マサオミ様は人目など気にせずマホ様に抱き付いた。しかしマホ様は事務的な口調で返した。
「マサオミ様、特定の部下、しかも異性との抱擁は司令官として適切な行動とは思えません」
まさかの第一声がマサオミ様へのダメ出しとは。
管理人だった彼女は、完全に軍師のマホ様に戻っていた。本当に仮面の呪縛から解き放たれたのだと実感した。すげない態度を取られたマサオミ様は可哀想だが、俺の口元は緩んでいた。
「うるせぇ。したいからしてるんだ。地獄にまで現世の規律を持ち込んでんじゃねーよ、石頭」
子供のような憎まれ口を叩いたマサオミ様に対して、マホ様はふっと柔らかい口調になった。
「……それもそうですね。地獄でくらい私も素直になりましょうか」
「マホ?」
いったん身体を離して、マサオミ様はマホ様の顔を覗き込んだ。そこには笑顔のマホ様が居た。
「ただいま、マサオミ。また貴方に会えて嬉しいです」
「マホ……!」
マサオミ様は腕に力を入れて、マホ様を強く強く抱きしめた。
「……マホ様、腕の手当をさせて下さい」
野暮だと承知の上でマホ様に近付いた俺を、マサオミ様が軽く手を払って制した。
「俺がやる」
他の男には指一本触れさせたくないようだ。
俺から受け取ったハチマキを傷口の少し上に強く縛ったマサオミ様は、マホ様の腕から一気に矢を引き抜いた。相当痛かったはずだが、マホ様は眉間に少し皺を寄せただけで黙って耐えた。強いな。
マサオミ様は改めて、止血に加えて傷口を護るようにハチマキを巻き直した。
「俺が射った矢なんです。お身体を傷付けて申し訳有りません」
「気にしなくて良いのです。よく私を止めてくれましたね、ありがとう」
俺の謝罪は感謝の言葉で返された。
マホ様はトオコのように色香を漂わせている訳でも、ミズキのように美形という訳でもない。でも美しい人だと俺は思った。凛とした表情、賢さ、嫌味の無い言動、真っ直ぐに伸びた背筋。それら全ての要素が合わさって、とても素敵な女性となったのだ。
ガキの分際で生意気な感想だが、マサオミ様の女を見る目は確かだ。
「管理人が戻って来る確率は低いでしょうが、念の為に木でお身体を隠した方が良いです。登山は厳しいでしょうから、とりあえずあそこで」
俺は山道入口を指差した。セイヤ達とも合流したい。
「そうですね。マサオミ、あちらまで移動しましょう」
「ああ」
気丈に振る舞ってはいるが、マサオミ様は怪我の具合が酷い。父さんの溜め矢の衝撃波を間近で受けてしまったのだろう。背負われていたマホ様はマサオミ様の身体が盾となって、比較的軽傷で済んだのだ。
マホ様とミズキが両方からマサオミ様を支え、俺達は山道へ移った。
「セイヤ、何処を怪我した?」
セイヤとマヒトに合流した俺は、まずセイヤに声を掛けた。
「ん……、身体は大したことねぇよ。でも頭がクラクラする」
脳震盪を起こしてしまったのか。意識が戻ったなら大丈夫だとは思うが……。
「少し横になっていろ。頭をあまり動かさないようにな」
「……うおっ!? マサオミ様が、マサオミ様が血まみれだぁっ!!」
俺の後ろに座らされたマサオミ様を見たセイヤは大声を上げ、そして
「馬鹿、興奮するな。大人しくしていろ」
「うん……、そうする…………」
セイヤは身体を横たえた。次に俺はマヒトに声を掛けた。
「助勢感謝する。おかげで父さんの矢を止められた」
「べ、別に……。管理人が居なくなれば俺も楽になるから、そう考えただけだから!」
素直じゃないな。確実に思春期真っ只中だ。
「あいつ……、本当におまえの親父さんなのか? 間違いとかじゃなくて」
「たぶん父さんだ。手合わせをすればするほど、そうなんだって思えて来るんだ」
「そっか……」
マヒトは腕組みをして口を噤んだ。こいつなりに気を遣ってくれているのだろう。
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