マサオミとマホ(二)

 だがマホ様は両膝を付いてその場に崩れそうになった。とっさにマサオミ様が左手を伸ばして抱き留めた。


「マ……サ……」


 マホ様はまぶたを閉じた。気を失ってしまったのだろうか?


「マホ!? おいどうした、しっかりしろ!」


 おそらく思想を奪われることは、俺達が思っている以上に精神に負担を掛けるのだ。


「マサオミ様、マホ様を山に運んで休ませて差し上げましょう」

「あ、ああ、そうだな……」


 仮面からマホ様は解放された。今はまだ思考の整理が追い付いていないが、少し休めばきっと自分を取り戻せるだろう。

 そしてそれは別れの始まり。仮面から生命エネルギーの供給を受けられなくなったマホ様は、徐々に弱って近いうちに死を迎える。

 それでも。マホ様は管理人ではなく、獅子座シシザマホとして生涯を終えられる。だからこれでいいんだ。

 きっと……。


 マサオミ様がマホ様を背負ったところで、ミズキが草原へ飛び出して来た。


「どうした?」

「上!」


 ミズキに指摘されて空を見上げた俺は、唇を噛んだ。まだシルエットは小さいが、別の管理人が飛んでこちらに向かっていた。

 マホ様の鎌の音は届いていたのだ。俺の父さんに。


「マサオミ様はマホ様と退いて下さい! ここは俺とエナミで食い止めます!」

「すまねぇ、マホを安全な場所へ移したらすぐに戻る!」


 マホ様を背負ったマサオミ様は山道入口に向かって走った。

 空を振り返った俺は、近付く父さんの構えた矢に光が集中しているのが見えた。


「駄目だ! マサオミ様、止まって!! 逃げろセイヤ!!」


 俺の叫びは間に合わず、父さんは威力が上がる溜め矢を山道方面へ放った。


 ドゴオォォォン!


 耳をつんざく轟音と共に大地が揺れた。俺とミズキはかろうじて立っていられたが、その威力の大きさに恐れおののいた。

 砂埃が晴れた後に、俺達の眼前には見たくない光景が広がっていた。


「マサオミ様、マホ様!」

「セイヤ!!」


 直撃は免れたようだが、三名は衝撃でそれぞれ吹き飛ばされていた。草原に寝転ぶマサオミ様とマホ様の白い衣装が、血で部分部分の色を赤く変えていた。


「畜生! 何てことを、父さん!」


 よくも彼らを傷付けたな。ようやく再会したかつての恋人達を。俺の親友を。

 父さん、いや仮面は笑った。そう俺は感じた。

 鳥は仮面は生命体ではないと言った。しかし疑似人格が設定されているのではないのか、そう思えてならない。


「こっちを狙え! 俺を覚えているだろう!? おまえの肩に小刀を投げ刺したのは俺だ!」


 ミズキが注意を自分に引き付けようとしたが、今日の父さんは彼には目もくれなかった。倒れているマサオミ様へ通常矢を射掛けた。


「よせ!」


 心臓がキュッと縮こまったが、マサオミ様は右手の太刀で矢を弾いた。

 良かった、生きていた! 意識も有る! 


「エナミ、まただ!」


 通常矢は弾かれると悟った父さんは、再び力を溜め出した。狙いをマサオミ様へ定めたまま。この中で誰が一番強いのか解っているのだ。

 

「させるかぁっ」


 俺は父さんに矢を放った。マサオミ様はようやく上半身を起こせた状態だ。次は直撃を免れないだろう。

 くそ。休み無く撃っているのにかわされる。俺一人では火力が足りないんだ。ミズキの小刀の投擲とうてきは一発勝負だ。ここぞという時に使わないと意味が無い。

 くそ、くそ、くそっ!


「!」


 俺の矢とは違う方向から、何かが飛んで来た。

 それは俺の矢を避けた父さんの左脇腹を掠めた後、弧を描いて山の方へ飛んで行った。あれ、飛んで来たのも山方向からじゃなかったか?


「わっ、戻って来た!」


 飛んで行った物体から間抜けな悲鳴を発して逃げたのは、山道入口まで降りて来ていたマヒトだった。


(あいつ、加勢しに来てくれたのか!?)


 マヒトは地肌に突き刺さった物体を引き抜くと、構えてから父さんへ投げつけた。

 あれは彼の幅広の短刀だ。短刀は父さんの脚付近まで曲線を描いて飛んで、再びマヒトの居る山方向へ戻って行った。

 ブーメラン? あの短刀にはブーメランのような機能が付いているのか? それにあんな遠くまで投げられるものなのか?

 今度もマヒトは戻った自分の武器をキャッチできず、横へ逃れた。彼の近くに倒れているセイヤに刺さるんじゃないかとヒヤヒヤした。


「……………………」


 父さんは不機嫌そうに見えた。マヒトの最初の投擲で気を削がれ、溜め行動を中断させられていたのだ。いいぞ。マヒトの武器の構造はよく判らないが、俺達二人でなら父さんの溜め矢を止められそうだ。

 そう楽観的に思えたのはほんの数秒だった。父さんは今度は、邪魔者のマヒトに通常矢を射掛け始めたのだ。


「わっ、わわっ」


 マヒトは運動神経こそ良いものの、マサオミ様のような高い剣技を身に付けていなかった。矢を弾けずかわすしかできないのだ。しかも傍で倒れているセイヤを巻き込まないようにしているのか、動きにキレが今一つ足りなかった。あのままでは殺られる。

 マヒトの援護をしようと父さんに弓を向けた俺は、第二の助っ人を目にした。


 マホ様だった。


 彼女は傷付いた翼をはためかせて空に舞い、長い鎌で父さんへ襲い掛かった。

 ギィンッと金属音を響かせて、父さんは自分の弓で鎌を受け止めた。しかし鎌の方が強いようだ。父さんは後方へ弾き飛ばされた。

 すかさずマホ様は追撃へ移った。父さんが次の矢を撃つ前に鎌を振るった。


「マホ様が……、父さんと戦っている?」


 マホ様は本来の自分を取り戻したのだ。俺の射った矢を左腕に刺したまま、そして溜め矢の衝撃波を受けて全身痛いだろうに、それでも果敢に父さんへ挑んでいた。


「マホ……」


 マサオミ様が心配そうに見上げる上空で、管理人同士による激しい攻防戦が繰り広げられた。神器がぶつかり合い、余波で何度も空気と大地が震えた。


「いいぞ、マホ様が優勢だ」


 射手は距離を詰められてしまうと、近距離攻撃型の戦士には絶対に勝てない。だからこそ、父さんはずっと空中に留まっていたのだ。それが翼を持つマホ様によって、同じステージに持ち込まれてしまった。


「マホ様、どうか父さんを地上に叩き落としてくれ。そうしたら……」

 

 後は俺がやる。俺ではマサオミ様のように器用にはできないだろうが、乱暴でもいい、この手で仮面を剝ぎ取って踏み砕いてやる。

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