マサオミとマホ(一)

 俺とマサオミ様は草原に出た。遮る物が無いエリアで、吹き抜ける風が俺達の髪を揺らした。

 ミズキとセイヤは山道入口の木の陰に待機している。大勢で姿を見せると管理人に警戒されて、すぐに仲間を呼ばれるんじゃないかと考えたからだ。一体ずつ相手をして、確実に倒したい。


「待っている時は会えないもんだな」

「はい。会いたくない時に限って会ってしまいますが」


 俺達はかれこれ数時間、周囲を監視しつつ草原に立っていた。腹は空かないが、もうすぐ正午になる頃なのかな? 山に残ったグループは何をして過ごしているんだろう。マヒトはラン達と上手くやれているだろうか。ヨモギが潤滑油になってくれると良いのだが。

 そんなことを考えていると、山から黒い塊が飛来した。案内鳥だ。


「どうした?」

『新しい魂が落ちて来た。説明しに行って来る』


 彼のいつもの仕事だ。マサオミ様が何気無く聞いた。


「なぁ、おまえさんが把握しているのは魂だけか? 管理人の位置は判らないのか?」

『雲の中に入られると判らなくなる。あそこは統治者が造った絶対的な安全地帯で、全ての物理的攻撃と情報が遮断されるんだ』


 この第一階層に雲が多い理由はそれか。管理人にとってのいざという時の避難場所なんだな。魂を回復する寝床の役割も有るのだろう。


「雲の外に出ている管理人の位置は判る訳だな?」

『うん。弓の管理人は気配が掴めないから、きっと雲の中でお休み中だね。下半身が馬の管理人は生者の塔の傍に居る。あそこは彼の定位置だ。……女の管理人は、向こうの森の上を飛んでいるよ』

「マホか!?」

「向こうの森なら草原に近いです!」


 そのままこちらへ来てくれたら。待っている間に何度も想像の中で戦ったが、いよいよ本番だ。緊張感が戻って来た。


『僕は今回のキミ達の行動について賛成できない。……でも、上手くいくといいね。頑張って』


 皮肉ではなく応援の言葉を残して鳥は飛び立った。あいつ案外イイ奴なのか?

 俺は山道入口に向かって手を振って合図を出した。これでミズキとセイヤも臨戦態勢に入ったはずだ。


「マホ、ここに来い。マホ……」


 マサオミ様が刀に手を掛けながら呟いた。

 その願いが通じたのか、マホ様は森林エリアから草原エリアへ移動して来た。東の空にその姿を確認した時、歓喜の声と共にマサオミ様が抜刀した。


「来たな、マホ!」


 しかしマホ様は俺達へ攻撃を仕掛けて来なかった。少し離れた空中で止まり、両手で鎌を頭上に掲げて振り回した。

 フアァァン。フアァァン。フオォォン。

 鎌は周囲の空気を共鳴させて不愉快な音を鳴らした。


 あの行動はいけない、父さんを呼ぶ気だ。昨日マサオミ様に斬り掛かられてマホ様は重傷を負った。マホ様の精神を支配する仮面はマサオミ様の強さを学び、自分一人では勝てないと判断したのだ。


「させるか!」


 俺は矢を何本も放って邪魔をした。それらの矢はかわされたが、またも救いとなったのは良いタイミングで届いた、セイヤからの遠方射撃だった。

 この二日間の猛特訓で、セイヤの矢はかなり精度を上げていた。そして力強かった。

 彼の矢はマホ様の右翼を掠めて、マホ様は態勢を崩した。


「ここだ!」


 俺は隙を見逃さなかった。速射した矢はマホ様の左、二の腕へ突き刺さった。左手の腕力を失ったマホ様は、両手で支えていた大鎌を草の上に落としてしまった。

 唯一の武器である鎌を拾う為に、ついにマホ様は俺達の居る地上へ降りて来た。


「感謝する」


 それだけ言って、マサオミ様はマホ様の元へ駆けた。

 鎌を右手で拾い上げたばかりのマホ様へ、マサオミ様の太刀が振るわれた。

 鎌を盾のように前面へ展開し、マホ様はなんとかマサオミ様の太刀を止めた。そして翼を動かしたが、俺が彼女の頭上の何も無い空間へ矢を二本放ち、飛んで逃げることを阻止した。


「ははっ、射手とは役に立つもんなんだな。桜里オウリでは弓兵の育成にもっと力を入れるべきだ。そう思わないか、マホ」

「……………………」


 仮面に意思を抑えられているマホ様は答えない。


「おまえを救うには、やはり殺すしか方法が無いんだな……」


 寂しそうに呟いたマサオミ様は、続く斬撃でマホ様の左翼へ太刀を入れた。漆黒の血が噴き出したかのように、大量の羽が舞った。

 つらいだろう、愛する者の肉を削ぐ行為は。

 それにしても……。俺はマホ様の動きが鈍い気がした。仮面がマサオミ様の速さに付いて行けないのか、それとも本体がマサオミ様との戦いを拒んでいるのか。


「そろそろ終わりにしようぜ、マホ」


 マホ様はがむしゃらに鎌を振り回した。追い込まれた彼女は、薙刀の名手とは思えない稚拙な動きを披露した。楽々攻撃をかわしたマサオミ様は、右側から蹴りをマホ様の腹部にお見舞いした。

 後方へ吹っ飛んだ後に何とか立ち上がったマホ様を、マサオミ様は腹の底から轟く大声で一喝した。


獅子座シシザマホ、そこを動くな!」


 マホ様の身体が固まった。マサオミ様の気迫に押されて金縛り状態になったのだ。

 そこへ接近したマサオミ様が、下方から上方へ太刀を振るった。

 一閃。

 滑らかで美しい軌跡を描いた切っ先は、確実に目標物を捉えていた。それは白い仮面。


 パリンと軽い音を立てて、マホ様を縛り続けていた神器は真っ二つに割れて地面へ落ちた。


「ああ……」


 俺は思わず声を漏らした。

 仮面が外れた女の管理人は、まさしくマホ様だった。

 カザシロの戦いで指示を出していた軍師殿。女だてらに前線に出て戦った猛者。

 そして敵に腹を斬られて瀕死となっても、マサオミ様の邪魔にならないように独りで死のうとした芯の強い女性。

 あの時の光景が走馬灯のように脳裏に蘇って、目頭が熱くなって胸が苦しくなった。


「マホ……」


 マホ様はぼうっとした表情で、しきりにまばたきを繰り返していた。そんな彼女にマサオミ様が優しく声を掛けた。


「俺だ。おまえの相棒のマサオミだ。判るか……?」


 マホ様はマサオミ様に視点を定めた。


「そうだ、俺を見ろ。マサオミだ」


 マサオミ様は一歩前へ踏み出した。そして刀を持たない左手を彼女の頬に添えた。


「頼むマホ、また俺の名前を呼んでくれ」


 彼女は微かに唇を動かした。


「マサ……オ……ミ様…………」


 マサオミ様は顔をほころばせた。

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