地獄四日目

決意の朝

 地獄に落ちて四日目の朝を迎えた。今日は特別な意味を持つ日になる予定だ。

 今まで俺達は現世に戻る為だけに動いていたが、今日は大切な相手を救済することに力を注ぐ。俺にとっての父さんであり、マサオミ様にとってのマホ様だ。

 それが相手との永遠の別れになったとしても、俺達は目的を果たす。


「エナミおにいちゃん、おはようございます」


 ランが目を擦りながらトオコに連れられて来た。


「ラン、身体の何処かが痛いとか、苦しいとか無いか?」

「ランはげんき」


 今のところランの肉体にタイムリミットが訪れる兆しは見られないが、油断はできない。できるだけ早く父さんとマホ様を救って、生者の塔へ向かわなければ。


「夕べはずいぶん楽しそうだったわねぇ」


 トオコが俺の傍に来て耳元で囁いた。夕べ?


「でも女性に聞かせる話じゃなくてよ。声の大きさには気を付けてもらわないと」


 あ。


「あれ、聞こえていたのか!?」


 俺の声は焦りで裏返ってしまった。夕べの話とはアレだ。俺達のホニャララの経験の有無だ。

 トオコとランは奥で寝ていたはずなのに!


「山って音が響くのよ? 喋っていたのがアナタ達だけだったから尚更ね」


 俺は全身に嫌な汗をかいた。そして悟った。マサオミ様が俺達の話を中断しに来た理由を。うるさかったからでは無かった。童貞四人の恥ずかしい会話はトオコの元まで届いているぞと、武士の情けで止めに来て下さったのだ。

 ウワアァァァ。俺はヨモギが掘った穴に埋まりたくなった。


「ま、でも可愛らしかったわよ?」


 完全にガキ扱いされた。仕方が無い、実際に俺達はまだガキだ。


「……セイヤとミズキには言わないでやってくれ。男はこういうの、けっこうヘコむんだ……」

「ふふ、了解」


 小悪魔的な笑みを浮かべてトオコは髪を掻き上げた。くそ、今日も色っぽいな。


「おー、みんな早いな。おはよう」


 起きて来たセイヤが合流した。


「セイヤおにいちゃん、おはようございます。ランね、だっこされたい」

「いいぜ。掴まってな!」


 セイヤは農作業で培われた逞しい腕で、ランを軽々と抱き上げた。トオコがその光景を目尻を緩めて眺めていた。


「何かこう見ると、おまえら三人家族みたいだな」


 俺は率直な感想を述べた。


「えっ、そうか?」


 セイヤが明るい声で聞き返した。お気に入りのトオコと夫婦に見られたことが嬉しいのだろう。姉弟と見られたかもしれないとは、微塵も疑っていないようだ。


「悪くないわね、家族かぁ」

「かぞく……」


 トオコとランもまんざらではなさそうだ。ああ、この二人は家族愛に恵まれなかったんだったな。その点セイヤは大丈夫だ。真面目で家族想い。良き夫、良き父親になれる男だ。

 だが、その幸せな未来は決して来ないのだ。トオコはもうすぐ……。


「マサオミ様の所に行ってくるよ」

「おお、俺も少ししたら行くよ」


 俺は眩しい彼らに背を向けて、マサオミ様の元へ歩を進めた。

 マサオミ様はミズキと共に草原の空を監視していた。


「おはようございます。マホ様や俺の父親の姿は見えましたか?」


「いや、まだだ。やはり草原に出ねぇと駄目そうだな」


 マサオミ様は空を眺めたまま答えた。気持ちが急いている様子だ。

 ミズキがこちらへ顔を向けて、無表情で挨拶してくれた。


「おはよう。よく眠れたか?」


 夕べの会話、トオコに聞かれていたぞと彼に告げたら、この涼しい顔はどうなるのだろう。言わないけどさ。


「ああ、しっかり寝た。体調は万全だ」


 マホ様か父さん、どちらが来たとしてもしっかり戦ってみせる。もう迷わない。


「マサオミ様、今日は総力戦ですか?」

「いや、俺とおまえさんの二人で行こう。俺達の都合で時間を取らせるんだ。その上、現世に戻りたいみんなの命まで使わせる訳にはいかねぇ」

「そうで……」

「私も行きます!」


 俺の言葉にミズキが被せた。


「管理人を倒せば今後の展開が楽になると、昨日話し合ったではないですか」

「そうだが、キツイ戦いになるぞ? 俺はできれば、マホの意思を封じる仮面を破壊したいと思っている」


 ただでさえ強い管理人の攻撃を掻い潜り、相手を殺さないように仮面だけを破壊する。マサオミ様の言う通り厳しい戦いになるだろう。


「ならば尚のこと、手勢が必要になるはずです。前回マホ様は鎌を鳴らしてエナミの父親を呼びました。二人だけでは絶対に無理です!」


 そうだった。管理人同士で連携されたんだった。マサオミ様は一人で部下の俺達を三人合わせた以上に強いが、それでもマホ様と父さんを同時に相手はできないだろう。


「俺も行きます!」


 いつの間に来たのか、セイヤも志願した。


「まだ弓は下手ですが、牽制くらいはできますから! どうか俺を使って下さい!!」

「おまえ達……。すまねぇな」


 マサオミ様はミズキとセイヤに向かって頭を下げた。これには驚いた。大将が下位の武士にそんな態度を取るなんて。


「おやめください! 大将のなさることでは有りません!」


 ミズキが珍しく表情を崩してマサオミ様を止めた。正規兵とかそういうことではなく、彼は本気でマサオミ様を敬愛している感じだ。気持ちは解る。マサオミ様は心酔したくなる上司だ。


「それに、流星と呼ばれるマサオミ様と共闘できることは、兵士にとっての名誉なのです!」


 ミズキはキラキラした瞳でマサオミ様を称賛した。


「流星……」


 おや、顔を上げたマサオミ様の片眉がピクリと動いたような。気のせいか?

 セイヤが疑問を口にした。


「流星って何だ?」

「ふっ、おまえ達新入りは知らないか。マサオミ様はな、その素早い剣技から流星の異名を持っていらっしゃるのだ」


 ミズキは得意げに説明したが、マサオミ様の目がどんどん吊り上がって行くような。気のせいか?


「……ミズキ、その渾名あだなで俺を呼ぶんじゃねぇ」


 マサオミ様は地の底から響くような声でミズキに釘を刺した。俺達はマサオミ様が怒っていることに、ようやく気付いた。


「流星のマサオミって呼ばれることがな、俺様は大っっっ嫌いなんだよ!!」


 本心で誉め称えていたミズキがたじろいた。


「な、何故ですか……?」

「う、うん。カッコイイのに」

「流星だぞ、流星! 何とかの虎とか、何処そこの龍とか他の武人は呼ばれてんのに、どうして俺だけ流星なんだよ!?」


 マサオミ様は大きな溜め息を吐いた。


「おまえら自分がそう呼ばれることを想像してみろや、流星のミズキ。四十になっても五十を過ぎても呼ばれ続けるんだぞ、流星のセイヤ」

「た、確かにそれは嫌かも……」

「ああ。自分の名前に付いた途端に羞恥心が半端無いぜ……」

「だろ? 自分がやられて嫌なことは人にやるな。これは人間関係の基本な?」


 意外な所でマサオミ様は苦労しているようだ。だがマサオミ様には悪いが、馬鹿馬鹿しい話題のおかげで緊張が少しだけほぐれた。


 今日は特別な一日になるのだから。




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(セイヤ、ラン、トオコの朝の風景は、↓↓をクリック!)

https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16817330660541254784

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