二度目の夜(一)

「すまなかったミズキ!!」


 山の中腹でミズキに追い付いたセイヤは、いの一番に謝罪を行った。そういう男だ。


「あんたはさっき兵士とおっさんを助けようとしたし、州央スオウの兵と遭遇した時は俺を逃がそうとしてくれた。いいヤツだって解ってるはずなのに、俺は一時の感情であんたを責めて殴っちまった」

「……おにいちゃんたち、ケンカしたの?」


 心配そうに二人を眺めるランを、トオコがフォローした。


「そうね、でも大丈夫。どちらも仲直りをしたがってるから」

「ふたりとも? ならすぐなかよしになれるね!」


 トオコは上手いな。


「でも! 囮の件は譲れねぇ! トオコにもあんたにも、他の誰にもそんな役割はさせられない!!」

『ちょっと~。子供の近くでする話じゃないんじゃない?』


 案内鳥が抗議してきた。まだ居たのか。

 ミズキが溜め息を吐いた。


「謝る必要は無い。おまえは自分の意見を述べただけだ」

「でも! 殴ったのは間違いだった。あんたも俺を殴り返してくれ!」

「殴るのは間違いなんだろう? 今度は俺に間違いを犯させる気か?」

「え? あれ? いや、そういうことじゃなくて……。んん?」


 お馬鹿なセイヤは混乱してしまった。


「エナミが言ったろう、この話はもうしまいだと」

「でもよ、それじゃあ俺の気が済まないって言うか」

「おまえにできることは、休息して怪我を治すことと、その後の弓の特訓だ。明日の午後には生者の塔へ挑みに行く」


 日が落ちて今日も終わろうとしていた。

 そうだな、明日中に何とかしないと。そろそろ仲間のうちの誰かの身体にタイムリミットが訪れそうだ。それが主戦力である俺とミズキのどちらかだった場合、残った連中の生き残るチャンスも無くなってしまうのだ。


「そ、そうか。よし、俺も頑張るぞ。まずは寝る!」


 宣言したと思ったら、セイヤは山道の比較的平らな場所にすぐさま寝転んだ。派手に寝返りをうって転げ落ちるなよ。側に木が在るからそこに引っ掛かればいいが。


「ランもねるー」


 ランがセイヤに引っ付いた。寝苦しいんじゃないかと思ったが、二人共すぐに深い寝息を立て始めた。昨夜はなかなか寝付けなかったランだが、トオコにヨモギ、仲間が増えたことで安心感が増したのかな。


「エナミ、今夜も先に仮眠を取っていいか?」

「いいぞ。俺はまだ眠くない」


 ミズキも寝やすい平らな場所を探して横になった。お疲れさん。リーダーはいろいろ大変だよな。

 ヨモギも眠そうだ。


「エナミ、ちょっといいかしら?」


 トオコが俺の傍に来て耳元で囁いた。薄闇の中でゾクッとする女の色香を感じた。


「あっちで二人きりになりたいの」

「え、いや、それは……」


 咄嗟とっさにセイヤの方を見てしまった。


「やあね、変に身構えないでよ。眠る前にもう少し話をしたいだけ。ここだと寝ているみんなを起こしちゃうからね」

「あ、そうか……」


 すまないセイヤ。少し期待してしまった。

 俺とトオコは仲間を踏まないように気をつけながら、暗い山道を少し登った。雲の間から月が出ていて昨日の晩よりは周辺が見やすい。この世界の太陽や月は何処から来ているんだろう? 現世の影みたいなものなのかな。


「ここら辺でいいんじゃないか?」


 俺達は並んで腰掛けた。魂だというのにトオコからは良い香りがした。くそ、また心臓が落ち着かなくなった。薄闇で至近距離、若い女と二人きりになって平静でいられるかよ。

 動揺を隠す為に、俺はわざと素っ気なく聞いた。


「話って何だよ?」

「うん……、アタシね、ランのこと知ってるかもしれない」

「ランを? ああ、同じ末比マツビの街に住んでいるんだもんな」

「そう。アタシは病のせいで家に引き籠もって、最後に見たのが一年前だから、その子がランと同一人物だと言い切る自信は無いんだけれど」

「ランに直接聞けばいいじゃないか」

「駄目よ。あのコ、末比マツビのこと話したがらないから」


 そう言えばトオコが末比マツビの街出身だと自己紹介した時、ランは顔を強張らせた。トオコが初対面の素振りをした途端に打ち解けたんだった。


「ランには同郷の人間に……、知り合いに会いたくない事情が有るのかな?」


 トオコが遠慮がちに言った。


「アタシが知っているそのコはね、日常的に母親から虐待されていた、街ではちょっと有名なコだったの」

「母親に……?」

「ええ。父親のことは知らない。見たことないから、母子家庭だったんでしょうね」

「虐待とは、具体的に?」

「母親の命令で盗みをさせられていたわ。失敗したら食事抜き、暴力も有ったみたい」


 窃盗。そのせいでランは地獄へ落ちたのか?


「可哀想にね、そんな生活なのにそのコはいつも笑顔だった。笑わないと陰気臭い顔をするなって、また母親に折檻されてしまうから」

「……胸糞悪いな」

「ホントよね。近所の人達は母親に抗議したわ。まともに育てられないなら里親に出すか、施設に預けろって。でもね、女の子自身が母親と離れることを拒んだの。そんな親でも彼女は愛していたみたい」


 悲しい話だ。子供に犯罪行為を強要するような母親が、改心することなど無いだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る