堕天の射手(四)

 ミズキは視線の先を俺から、大樹に寄り掛かって座るセイヤとトオコに切り替えた。

 セイヤは足を、飛んできた木の破片で切ったようだ。紫色の布が止血帯として巻かれていた。トオコのスカートの裾が破れているので、それを使ったのだろう。打撲も有りそうだが一時間も寝れば治るはずだ。


「セイヤ、見事な遠方射撃だった。これからも励め」

「ああ……」


 ミズキに褒められてもセイヤは素直に喜べない様子だった。隣りのトオコが気になるのだろう。


「問題はおまえだトオコ。何故あんな無謀な真似をした?」

「ちょっと、怖い顔やめてよ。綺麗な顔が台無しよ?」


 トオコはおちゃらけて誤魔化そうとしたが、真面目な小隊長には通用しなかった。


「答えろ」

「……仲間の危機に、駆け付けるのは自然な行為じゃないかしら?」

「おまえは戦士ではない。戦えない奴に来られても足手まといになるだけだ」

「ひっどーい。こんなアタシでもね、みんなを守る盾くらいにはなれるんだから」


 守る盾。セイヤもカザシロの戦いでそう言っていた。


「死ぬぞ?」

「いいのよ。近い内にどうせそうなるもの」


 反射的なスピードでセイヤが反論した。


「諦めちゃ駄目だ! 仲間さえ増やせれば絶対に現世へ帰れるよ! 俺も戦力になれるようもっと頑張るからさ!」

「そういうことじゃ……ないのよ」


 トオコは微かに笑った。


「アナタ達兵隊さんは、戦争で怪我をして死にかけているんでしょ?」

「うん」

「アタシは違うの。病気なのよ。いわゆる不治の病ってヤツ。未練がましく薬でズルズル延命してきたんだけど、ここに落ちたってことは現世のアタシ、いよいよ危篤状態になっちゃったみたいね」

「え……」

「苦労して生者の塔を使って帰ってもさ、すぐに死んじゃうの」

「そんな……」


 気丈に語るトオコと違い、セイヤの方は泣きそうだった。


「だからさ、隊長さん。アタシの命をアナタに預けるわ。せいぜい有効活用してちょうだい」

「何言ってんだよ!?」

「いいのよ。どうせ死ぬなら、役に立って死にたいもの」

「……………………」

「ミズキも! 何黙ってんだよ、馬鹿言うなって怒れよ!」

「……正直、彼女の申し出はとてもありがたい」

「はぁ!?」

「俺達には時間が無いんだ。最悪でも明日の午前中までに仲間を増やせなかったら、現状の戦力で何とかしなければならなくなる。俺とエナミが主戦力、おまえが補助、囮役をトオコが務めてくれるなら……」

「囮!? あんた今囮って言ったか!?」


 身体中が痛いはずなのにセイヤは立ち上がった。


「セイヤ、ちょっと」

「仲間を囮にできる訳ねーだろうが!!」

「無駄死にさせるよりは良いだろう」

「まだ言うか!」


 セイヤの拳がミズキの左頬に炸裂した。殴られたミズキが膝をついた。


「キャアッ!?」

「いいか、ミズキ、それにトオコ。病気で死ぬのは無駄死になんかじゃねーよ。薬で延命したことのどこが未練がましいんだ。頑張って生きようとしたんだから胸を張れよ!」

「……セイヤ」

「誰かに殺されて死ぬことの方がよっぽど無駄死にだよ。この世界はイカレてる。現世だってそうだ。戦争なんかやって、人間みんなで殺し合って……」


 両手で顔を覆って泣き出したセイヤに俺は肩を貸した。


「この話はこれで終わりだ。じきに日が暮れる。今日はもう、ランとヨモギと合流して休もう」

「……そうね、早く戻らないと。アタシまで来ちゃったから、ランはきっと不安がってるわ」

「ミズキ、大丈夫か?」

「たいしたことはない」

「セイヤは俺が連れていくから、トオコと先に戻ってランを安心させてやってくれ」

「了解した」


 ミズキとトオコの背中はあっという間に遠くなった。俺達ものんびりしていられない。暗くなる前に山道を登り切らないと。

 うっ、身長差が有るのでセイヤを支えるのが難しい。


「……エナミ」

「おう」


 鼻をすすってセイヤは愚痴た。


「俺、ミズキを少し嫌いになりそうだ。何だよ、囮って……」

「ミズキは隊長として、一人でも多く生き残る方法を探しているんだよ」

「そうだろうか? 単に冷たいだけじゃないのか?」

「思い出してみろ。さっき草原で兵士達が管理人に襲われていた時、囮になるって言って真っ先に草原に出ていったのは誰だった?」


 セイヤはハッとした顔になった。


「……ミズキだ」

「冷たい人間が、そんな行動を取れると思うか?」

「……いや」

「トオコを囮にする案を出したけれど、本心は彼だって嫌なはずだ。だから怪我人のおまえの、へなちょこパンチをけずに受けた」

「わざとけなかったのか!?」

「当たり前だ。何度か一緒に戦って判ったが、あいつ天才剣士だぞ。素人の拳をまともに食らう訳がないだろう」 

「…………そんな」


 セイヤがガックリ項垂うなだれた。


「俺、勢いだけで行動して、全然周りが見えてなかった」

「そうやって素直に反省できるのがおまえの良い所だ。それにな、おまえの直情的な行動に救われる人間も居るんだぞ」

「そうかな?」

「トオコはきっと、自分の為におまえが怒ってくれて嬉しかったと思うぞ」

「だと、いいな……」

 セイヤは顔を赤らめた。本気で彼女に惚れてしまったかな?

 トオコは短い命だ。恋をしても苦しくなるだけだろう。だけど今だけは、今夜だけは、セイヤの恋心を応援したかった。

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